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「お前、俺がお前のこと好きだと思ってんだろ」

 学校へ向かう道のりで、私は聖臣に呼び止められた。どうやら今日のバレー部の朝練はないらしい。私は目を丸くしながら、「違うの?」と振り返った。

「違う。別にお前のことは好きじゃない」

 驚かなかったと言えば嘘になる。だが聖臣が私のことを好きではなかったくらいで落ち込むこともなかった。別にどちらでもいいのだ。元から私達の間には昔から積み上げた大きな感情があって、それが時や場合により友情だったり、恋慕に名前を変える。友人と恋愛の話になった私は、咄嗟に聖臣の名前を出したのだった。聖臣なら恋愛ごとに巻き込んでも怒らないだろうし、実際聖臣に好かれているのではないかという思いは昔からあった。友人達は大盛り上がりで、このままでは強制的にくっつけられそうな勢いだがその時はその時で別にいいと思っている。

「その方がいいならなるけど」

 聖臣とは不思議な人間だ。自分の恋愛感情を自在に操れるらしい。だが私も相手が聖臣であるならば、好きになろうとしてすぐになれる気がする。聖臣も同じなのだろう。聖臣の気持ちは有り難いが、私の友達付き合いのためにそこまでさせるのも申し訳なかった。

「いいよ。面倒くさそうだし」
「は? 俺が折角好きになってやるって言ってんのに、断られると余計やりたくなるんだけど」

 私の言い方が聖臣のスイッチを押してしまったらしい。「うーん、聖臣が彼氏かぁ……」思い浮かべるように言った私に聖臣が畳み掛ける。

「お前彼氏としての俺を知らねえだろ。俺は死ぬほど彼女大事にするタイプだから。一生大事にする」
「それ死ぬまで付き合わなきゃいけないってこと?」

 何気なく放たれたロマンチックな台詞を流して、「一生」という言葉に食らいつく。私の友人との恋バナに合わせるならば、せいぜい数ヶ月付き合えば済む話だ。それを聖臣は真剣交際と捉えているのだろうか。

「当たり前だろ。お前と付き合うからには本気だ」
「やっぱり聖臣ってちょっと重いところあるよね? 今回はごめんなさい」
「そうか」

 無言のまま歩いてから、何で告白されてもいないのに聖臣のことをフっているんだろうと考える。多分聖臣も同じことを考えているだろう。勝手に名前を使った上に、好きでもない相手からフラれるなど不名誉極まりない。だが聖臣なら何も言わずに許してくれるのだろうという理由のない信頼があった。「聖臣に好かれている気がする」なんて言うよりこの関係性を伝えた方がより恋バナに花が咲いたのかもしれないけれど、今の私は気付かない。通り過ぎる同級生が、冷やかすように横目で私達を見た。