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 馴染みの客が店を訪れたことに、俺は少し嬉しくなった。今日はこれに相当する不運があるに違いないと身構える。彼女はランドリーではなく、花屋に用があるようだ。花選びを手伝うためのコミュニケーションとして尋ねた。

「誰にあげるんだ?」

 もしかしたらそれは、無意識の内で彼女に意中の異性がいないかの調査だったのかもしれない。俺が自覚するより先に、彼女は清廉な笑顔を向ける。

「お母さん。ほら、母の日だからさ。凪くんは母の日何するの?」

 母の日。随分不慣れな言葉だ。

「いや、うち母親いないから」

 言った後で、気を遣わせるような言い方だったことに気付く。

「ご、ごめん……」
「別にいい。慣れてるし」

 こういう時に、どうリカバリすればいいのかわからない。彼女には罪悪感を背負わせてしまうし、俺は気の利いたことを言えない。無言で花を包んでいると、彼女ががしりと俺の腕を掴んだ。

「慣れちゃダメだよ! うちの母親でよければ一緒に祝おう?」

 親に異性を会わせるということは、結構なことなのではないか。断ろうかと思ったが、一度気まずい思いをさせている俺にそんな資格はないと思う。俺は店を閉めた後彼女について行き、彼女の実家に顔を出した。

「まあ、彼氏?」

 俺を一目見た彼女の母親は嬉しそうに言った。こういう時何と言えばいいのだろう。迷った末に、俺は答える。

「そうなればいいと思ってます」

 今日は不運が起こるはずが、ラッキーなことばかり起こっている。明日俺はトラックにでも轢かれるのかもしれない。それでもいい、と思ったが、彼女の表情を見て俺はこの先も生きていかなければいけないことを察した。ひとまず、付き合うくらいまでは。