▼ ▲ ▼
「かわいくなりたい……」
六限の授業が自習になった中、ぽつりと呟いた言葉を佐久早は聞き逃さなかった。
「何のために?」
そう言われれば反応に困る。女の子が可愛くなりたい理由なんて本能的なものではないだろうか。とはいえ、そんな女子特有の話をしても佐久早が理解できるとは思わない。可愛くなって、私は何がしたいのだろう。クラスの女子から一目置かれたい。異性にちやほやされたい。好きな人と、良い仲になりたい。段々佐久早は意地悪で聞いたのではないかという気がしてきた。佐久早の目の前で、私に好きな人に振り向いてほしいからと言わせるつもりなのだ。好きな人は佐久早だというのに。
佐久早は私に好かれているのを知らないのだろう。仲のいい隣人を、ちょっとからかってやろうと思って意地悪な質問をぶつけてきた。だが逆に佐久早のことが好きだと言ってやったら、佐久早の鼻をあかすことができるのではないだろうか。私が姑息な計画を立てていた時、佐久早が「ちなみに」と口を開いた。
「俺は、可愛くない女子でも結構タイプ」
私は唖然として目を見張る。今佐久早は、私にフォローしたのだろうか。それどころか、私のことを口説いている? 佐久早は私が佐久早を好きなことをとうに知っていたのだ。
そうなると佐久早の言葉の意味が変わってくる。佐久早が私を口説いたのであれば、口説き文句が「可愛くない女子でもタイプ」とはいかがなものか。そこは「今のままでも可愛いよ」と言うべきなのではないだろうか。
「やっぱり馬鹿にしてるでしょ!?」
「これ以上なく大事にするつもりだけど」
「からかうついでに告白するのやめて!」
そう言うと、佐久早はふと笑って「好き、付き合って」と言った。私は先程までの元気をなくして急に黙り込む。佐久早はこんなにも簡単に言えてしまうというのに、私はなかなか言葉が出てこない。
告白する度胸のない私を見かねたように、佐久早が「わかってる」と言った。
「隣になった時から俺のことが好きなんだろ」
してやったりという顔でこちらを見る佐久早を睨み上げてやる。今から言う言葉は、私にとってこの上なく恥ずかしい。だが佐久早にやり返してやるにはこれしかない。
「私は入学式で見た時からずっと好きだっつーの!」
すると佐久早は驚いたような表情をしていた。からかい合戦では私が勝ったはずなのに、どこか負けた心地がする。恋愛とは惚れた方が負けなら、私はとうに負けているのだろう。
/kougk/novel/6/?index=1