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 私が差し出したケーキを見て、ヌヴィレットさんは拒絶するように片手を出した。

「賄賂は受け取れない」
「審判官に対してではなくて、ヌヴィレットさん個人にです」
「私個人に対してでも同じだ」

 どうやらヌヴィレットさんには、好意の末に贈り物をされるという考えがないらしい。何かものを受け取るなら、それは審判の際に有利になるようにしようという下心のある賄賂に見えてしまうようだ。一体何年間審判官をやっていたらこれほど凝り固まった考えになるのだろう。

「贈り物もできないなんて、ヌヴィレットさんを好きな人はどうアプローチすればいいんですか」

 私のその言葉を、ヌヴィレットさんは一般論だと思ったらしい。目の前の人物がまさにその「ヌヴィレットさんを好きな人」だとは思っていないのだろう。

「まどろっこしいことをせず、素直に好きだと言えばいいだろう」
「好きです」

 自分で言ったことを実行しただけなのに、ヌヴィレットさんは驚いていた。ヌヴィレットさんの真顔以外の表情が見られたことに私は嬉しくなる。そうさせたのが、ほかならぬ私であるということも。

「君には慎みというものがないのか」
「ヌヴィレットさんが言ったんでしょう」

 ヌヴィレットさんはハンカチを口に当てた。ヌヴィレットさんが動揺していて、私が押しているなんてこんな告白の様相は想像していなかった。

「答えはどうですか」

 ヌヴィレットさんは考え込むように下を向いた。余裕のないヌヴィレットさんは珍しい。

「少し待ってもらってもいいだろうか。今、君の好意を噛み締めている。何事も白黒つければいいというわけではない」

 白黒つけるのがヌヴィレットさんの仕事だろうに、というかプライベートでもいつも白黒つけているだろうに、ヌヴィレットさんは反対のことを言った。ヌヴィレットさんの信念を揺るがせるほど私の告白が大きな出来事だということだ。これは期待していいだろうか、と私は笑みを浮かべた。