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雨の日のポアロは人が少ない。常連である名前さんと僕の二人だけになって、暇を持て余した僕は適当な雑談をする。暇を持て余すなどという経験は潜入任務中にしかできないだろう。思わず頭をよぎった本庁での未処理書類の山に見ないふりをして、僕は話し出す。
「こうも雨続きだと傘を盗む人が多くて困りますね。まあ安物のビニール傘ですけど、車のシートに濡れた体で座るのは嫌なので」
ノックの基本事項は目立たないことだ。誰かを尾行するのに、大げさな傘を使って認識されたら困ってしまう。透明のビニール傘を使っている僕は、今年に入っただけでもう二度も買い替えていた。
「私いい方法知ってますよ! 警察庁警備企画課って書いたシールを貼るんです」
得意げに言った彼女に、僕の心は跳ね上がる。まさか彼女の口から警備企画課の言葉が出ると思わなかった。彼女はそういうものから、一番遠い所にいてほしいのだ。今目の前で話している僕が言えることではないかもしれないが。
「それは……何故」
動揺を悟られないように表情を保つ。
「備品に見えて盗む人がいなくなるからですよ」
僕の正体に気付いたわけではなかった。安堵すると同時に、どこか落胆している自分に気付く。僕はすべて話してしまいたいと思っているのだろうか。この平凡を絵に描いたような少女に。
「僕は遠慮します」
まさか僕が警備企画課と書いた傘を持つわけにはいくまい。しかし、彼女は食い下がった。
「じゃあ私の傘と交換こしましょう! 無地じゃないので」
彼女はどうやら僕を相当濡れさせたくないらしい。彼女が退店する際に押し付けられた傘は、花柄だった。どう見ても成人男性が持つにはおかしい。警備企画課と書いた方がまだましだったのではないかと思うくらいだ。けれど、返す際に彼女に会いに行く口実ができたからいいか。僕は頬を緩めて傘を見下ろした。
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