▼ ▲ ▼
「さっきから、この近くで待ち合わせをしているふうの人」
研磨が、いや、コヅケンがと言うべきだろうか。手元のコーヒーをかき混ぜながら、小さく呟いた。
「それから、この店内で仕事をしてるふうのサラリーマン」
私は視線を上げることなく考えを巡らせる。当のスーツ姿の男はと言うと、まだ気付いていないのか、キーボードを叩く手を止めない。しかしそのパソコンで真に重要なのは、カメラ機能の方だろう。研磨は、私をその猫のような目で見た。声色は脅すようなものではないのに、裏社会の空気すら感じさせる薄暗い雰囲気だった。
「全部週刊誌の記者だよね。あれ、君が呼んだんでしょ」
私は黙り込んだ。図星だ。記者達に合図を送る余裕もなく、膝の上に置いた拳を握りしめる。その間も研磨の追及は止まない。
「撮らせて脅す気だった? でも君が俺を陥れようとしたって知られる方が大変なんじゃないかな?」
暗に、私が研磨を週刊誌に売ろうとしていたことを暴けるのだぞと示している。私は研磨のように著名ではないけれど、訴えられればそれなりのダメージがあるだろう。私の信頼は失墜するだろうし、何より研磨から見放されてしまう。それは研磨が黙ってくれていたところで、同じかもしれないが。
そっと上目遣いに研磨を見た。研磨の気を引きたくて、研磨の恋人は私だと認めさせたくて週刊誌を呼んでしまったなど、馬鹿な話だ。研磨も失望しているに違いない。私はこれから、悪い噂を流布されなくても研磨とは遠ざけられるのだろう。研磨は、そういったことを嫌うから。
「罰なら――」
受ける、そう言おうとした時、研磨が私の声を遮った。
「知られたくなければ、記事に書くのと同じことを今からしてね」
顔を上げれば、研磨は存外平然とした表情をしていた。記者がいるから取り乱さないだけかと思ったが、研磨は呑気にコーヒーを飲んでいる。私は改めて、研磨が言っていたことの意味について考えてみた。
私は何も、研磨を不同意性交で訴えようとしていたのではない。ただ、見る人が見れば私だとわかるような立ち姿の写真を記者に撮られ、ホテルへ行ったという記事を書かれる。それで十分だったはずだ。後は記者の方が勝手に色をつけてくれるだろう。コヅケン、夜の火遊び、とかなんとか。
研磨がそれをしろと言うなら、私達は今からホテルへ行くということだろうか。迷っている間に研磨は席を立ち、「行くよ」と声をかけた。私も慌てて立ち上がると、研磨はその手を握った。まるで記者に見せつけるかのように。
私達の動きに、研磨が指摘した記者二人が反応した。この近くのラブホ街は既に押さえてある。きっと研磨もそのことを知っている。研磨は、私が予想した道をそのまま歩いた。ラブホの近くにいる記者にも気付いていただろうが、手を離すことはしなかった。そしてわざと顔を傾けてみせるようにして、「ここでいいよね」と言った。何ともラブホらしい、下品なネオンの出たホテルだ。
「う、うん……」
私は研磨が何を考えているのかわからなくなった。私に協力してやっている、とは考えづらい。研磨は熱愛報道の一つや二つかすり傷にもならないということだろうか。エレベーターに乗って、密室になる。もう記者はいないのに、研磨は体を寄せて離さない。いよいよ部屋に入った時、私は耐えきれずに研磨から距離をとった。
「どういうつもり!?」
仮にも私は研磨を週刊誌に売ったのだ。その通りにするなら、これから倍以上の仕返しが来るかもわからない。研磨とはそういう男だ。
「どういうって、名前の書きたい記事通りにしてあげようとしただけだけど」
研磨はベッドに腰を下ろした。研磨の重みでベッドが沈む。私の方が週刊誌に売られているみたいに取り乱しながら、落ち着かずに手を弄っていた。
「記事、どういう風に書いてもらうつもりだったの?」
研磨は怒っているように見えない。それが逆に恐ろしい。
「私と会ってからホテルに入って、熱い夜を過ごした、みたいな……」
「じゃあ熱い夜を過ごさなきゃ」
研磨に腕を引かれて、私はベッドに飛び込んだ。布の擦れる音がして、数秒後には研磨が上になっていた。その表情はどこか満足気である。
「キスはどれくらい?」
「え?」
「記事の中で、俺はどれくらいキスしたことになってるの」
答えるより先に、研磨に唇を塞がれる。今までの研磨にない荒々しさだった。その様子は、記事に書かれるだろうことと一致していた。無気力系ユーチューバーの猛々しい夜。まさに、今の状況にぴったりだ。
研磨は私の力を借りず、一方的に服を脱がせた。照明を落とすこともなく、そのまま跨る。研磨は私の乳房を強く手で掴んだ。研磨はこれほど雄らしかっただろうかと思うほど、節くれだった手だった。私の乳房は研磨の手によって形を変え、乳首が研磨の手のひらを擦った。その主張に気付いたのだろう、研磨が乳首をつねる。まるでガスコンロのつまみを回すみたいに。私の体の奥がきゅうとなり、思わず腰を浮かせる。それを押さえ込むように、研磨は私の足を持った。
「名前の中の俺って、尽くすタイプに映ってそうだよね」
そう言って、研磨は私の股に顔を埋めた。ぬめりを帯びた熱が触れたのはまもなくだった。私の一番敏感な部分は、研磨のざらついた舌によって舐められた。唾液で私の陰部全てをコーティングするみたいに、研磨は舌全体を使って舐めた。もし週刊誌にインタビューのような欄があったら私はこう答えただろう。
彼はとても長い口淫をしました。丁寧で、私が何度声を上げてもやめてくれませんでした。私の両足を掴む力は、彼の姿から想像もできないくらい強かったです。
「ひ……っぃ」
私の陰部の上をなめくじが這っているような動きだった。研磨はじっと目を伏せていた。その目は獲物を狩ろうとしている猫のようだった。
ようやく離したかと思えば、研磨は膣に指を出し入れした。もう十分に愛液が分泌され、指は滑るかのように入った。その様子に、研磨は薄く笑みを浮かべていた。こんなに感じているなんて、と責められているみたいだった。
入れるなら早く入れてほしい。私の願い通り、研磨は男根を出した。照明のある場所で見ると、やはりそれはグロテスクだった。これを出し入れされたことをリークしてお金を貰おうとしていたのだ。そう思うと、今更に危機感が込み上げる。
体の中に何かが侵入する感触がして、私は研磨に貫かれた。普段の研磨より些か乱暴であったのは、私がそう書くだろうと思ってのことだろう。事実、私の話を聞いた週刊誌の記者は、覇気のない研磨が見せる雄の顔、というようにフィーチャーしようとしていた。そしてそれは間違いではなかったのだ。研磨は気だるげな顔をしているが体力はあるし、黙ってやられているような性格ではない。
「ああっ♡ はあぁぁん♡」
奥を突かれるたびに、私は軽く果てていた。目の前の研磨が、愉悦に歪んだ表情をしている。肉体の快感だけではなく、私を陥れたことに対しての。そう、私は今復讐をされている。
「俺に犯されて気持ちいいって書いてよね。ねえ、今気持ちいい?」
小さく口を開けてそう言った研磨に、私は必死に頷く。
「気持ちいい、気持ちいいっ」
私はこの状況を喜ぶべきなのかわからなかった。ただ研磨のいいようにされている、それだけはわかる。
研磨は私をちゃんとイかせてくれた。特大の勢いをつけて突き上げて、私はつま先に力を入れたまま果てた。研磨は暫くの間じっとしていたが、それから少し後に果てたようだった。
私がぼうっとしている間に研磨は後始末を終え、飲み物すら差し出してくる。研磨を売ったはずの私が、研磨に操られている。
「名前が書こうとしたこと、全部本当になったね。事実だし書いていいよ」
そう言う研磨は到底寛大とは言い難かった。私にそれなりの仕打ちをしただけだ。私は礼を言う余裕もなく、差し出された水を受け取った。
/kougk/novel/6/?index=1