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 私が侑と関係を持ってしまったのは、偶然のことだった。侑にとっては意図したものなのかもしれないけれど、それは適当に女を抱ければいいというもので、私を狙ったわけではないだろう。
 私の部屋に私ではない匂いがした。私は、これほど高級品の主張が強い香水を好まない。
 私の隣で眠っている侑を見て、私はしばらくぼうっとしていた。侑の寝顔が美しかったことと、今置かれている状況が信じられなかったことが理由として挙げられるだろう。あの侑が、私の家にいる。この状況を写真に撮ってSNSに投稿するだけで私は世の中も侑の人生も滅茶苦茶にしてしまえるのだ。改めて恐ろしい気持ちになった。侑はたっぷり眠った後、目を開けると軽薄な笑みを浮かべた。
「おはよ」
「お、はよう」
 侑にとって、私の部屋のベッドで目覚めることは想定外ではない。つまり、酔った勢いなどではなく、侑は狙って私と寝たのだ。認識すれば心臓の音は高鳴り、そのわりには侑に甘える勇気のようなものもなかった。侑は体を起こし、私のマウスウォッシュを使って数度うがいをした。お客様用の歯ブラシを出しておく余裕などなかった。私達の関係性によって、使い捨ての歯ブラシなのか、そうでないのか、どちらを出すか変わってくる。
「名前ちゃん今彼氏おる?」
 侑は服を身に着け、やっとまともな会話をした。言葉の真意を考える暇もなく、私は反射的に答えてしまう。
「いる」
 もしかして、これはトラブル回避のための質問だったのかもしれない。侑だって面倒ごとは嫌だろう。彼氏がいなければそのまま、彼氏持ちなら切る。そういったことなのかもしれない。
 私が後悔し始めたタイミングで、侑が顔を上げた。
「ならええよ」
 何が。とは尋ねられなかった。侑は既に外出の準備を整え、ドアに手をかけていた。
「ほな」
 素早く去っていく侑を見て、私は一体侑の何なのだろう、と考えた。

 結局、その答え合わせはできなかった。付き合おうと言われたわけでもないし、侑のような有名人が表舞台で彼女の話題を出すわけもない。やることはやっているから、多分セックスフレンドということだろう。遠のき始めた思考を戻すように、侑が私の顎を掴んで自分の方を向かせる。
「集中せえ」
 その言い方はまるで、先生か何かのようだ。だが「チャラい」の言葉を集めるイケメンアスリートが教師のようであるはずもなく。侑は至って不真面目な、弄ぶような動きで私の舌をからめた。唾液でぬめった舌が触れてはこすれていく。侑の舌はまるでそれ自身が意思を持った生き物のように動いた。上顎をつつかれて思わず喉を開けると、侑の唾液が口の中に移される。それを嚥下すれば、侑は目を細めて私を見ていた。まるでいい子だと褒めるように。
 胸の形を確かめるように、侑は私の胸を丸く撫でていく。力を込めて鷲掴みにされるよりも、私が女だと知らしめられている感じがして、下半身が熱くなった。そのうち、私の乳首が侑の手のひらに触れた。周りより明らかに高いそれが侑の手につつと線を描く。侑はそれを認めるとともに、ショーツの中に手を伸ばした。
「あっ、んん」
 乳首を舐められると共に、陰核を刺激される。同時の刺激に私は眩暈すら起こしかけた。侑の唾液で濡れた乳首に、生暖かい息がかかる。それだけでも感じてしまうのに、肉厚な舌が乳首を刺激する。かと思えば陰核を擦られる。
 私が腰を浮かして悶絶するたびに、侑は私をベッドへ押し付けた。押し倒すような体勢になり、侑は手をどけて私にキスをした。侑がのしかかった時に、侑の男根が勃起していることを知った。腹の奥が疼くと共に、膣から蜜が垂れる。侑も頃合いだと察知したようで、素早くコンドームの外袋を開けた。申し訳程度に膣に指が差し込まれる。その指はすぐに愛液まみれになり、主の意思で素早く抜かれる。
「ひゃうっ……」
 重たいものが体を貫く感覚がして、私はベッドに沈み込んだ。侑は私を見下すような、悦に浸っているような顔をした。私達の関係性は侑による一方的なものだ。侑が私の家に通うのをやめれば終わりになるし、侑が恋人だと言えば恋人になる。それらすべてをわかっているかのような、優越感を匂わせる表情だった。
「っあ、ふ……」
 リズムに合わせて私の体が前後に揺れる。胸が揺れるさまが見たいとかで、侑は正常位を気に入っている。侑に胸を見られるのは恥ずかしいけれど、最中の侑の顔を見られるのが嬉しくて私も正常位に応じている。行為中の侑の表情は、何にも飾られていない真実である気がした。普段の侑は、嘘も策略もはらんでいるのだ。私の中に入って、私に締め付けられている時だけは、快感を喜ぶただの侑になる。
 奥を突かれた際に私は一度果て、それから少しして侑が果てた。今日は正常位だけで終わらせる気のようだ。侑はつつがなく後片付けを済ませ、ベッドに潜り込んだ。私はそっと侑の隣に体を寄せ、侑が何も言わないことに安堵する。許されているのだ、と感じながら。
「名前ちゃんまだ彼氏おる?」
 侑は、確認するように言った。そもそもの私達の始まりは浮気であるが、行為後にする会話としてなんと不適切なのだろうと思った。しかし、なんとなく侑は「いる」と言ってほしい気がした。
「おるよ」
 嘘だ。本当はもう別れている。侑とセックスをしてから、彼氏と上手く向き合えなくて別れた。
「よかったぁ」
 侑は子供のような笑みを浮かべた。私は喜べばいいのかわからなかった。もし侑が私のことを好きならば、私に彼氏がいることを喜びはしないだろうから。
「人のものを寝取るのって最高やん」
 その言葉で、侑は性格が悪いことを思い出した。私はそういう侑を好きになったのだ。私をものとしか考えず、寝取る側でないと気が済まない。寝取られる側では嫌だというプライドと、下に見ている私にすら独占欲を抱く傲慢さ。宮侑とは、こういう男だった。
 私が彼氏と別れて侑に本気で恋をしていると言ったら、侑はどんな顔をするだろうか。そう思うと、何故か上に立った気分になれるのだった。でもまだ今は言わずに、侑の肌を楽しんでいる。いつか侑を本気で嫌う日が来たら、きっと言ってやろう。私は侑の胸に頬を寄せた。