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 影山君が私を好きでいてくれていることは知っていた。私は気付いた上で、知らないふりをしていた。影山君から付き合ってほしいと言われたわけではないのに返事をするのはおかしいと思っていたからだ。影山君は優しく、時や場合によっては付き合ってしまうこともあったかもしれない。しかし私の本心は影山君のことを想っていないと気付いていたのだろう。影山君がプロになって何度目かの試合を控えたある日、影山君は私の元を訪れた。

「一晩だけ抱かせてください」

 私は影山君の頼みを聞き入れることにした。処女でもなかったし、これだけ長く想ってくれていたのなら一回くらい寝てもいいと思ったのだ。影山君は今回きりで諦めてくれるだろう。そうしたら、私は何の気兼ねもなく恋愛できる。今になって、好きでもなかったくせに私は結構影山君のことを気にかけていたのだと気付いた。そういうところが影山君を苦しめていたのかもしれない。だとしたら尚更、私は影山君に自分を差し出す必要がある。

 影山君のセックスは至って普通のものだった。なんとなく影山君には初心なイメージがあったから、迷いなく私の体を探る影山君に少しの寂しさを覚えた。片思い中とはいえ影山君だって女の子と付き合ったりしたのだろう。私は影山君に振り向いてもあげないくせに、理想の影山君像を押し付けていたのだ。

 影山君は私の中で果てるとしばらくの間私を抱きしめていた。影山君のセックスは丁寧だったけど、途中から欲に駆られたように荒々しくなった。今日初めて知った影山君の一面。だけどもう、私は影山君のこの顔を見ることはない。

 影山君が起き上がってから私も体を起こした。私にとっても、影山君にとっても今日は忘れられない夜になる。できれば綺麗な思い出で終えたいものだ。気の利いた話はできないかと頭を巡らせていた時、使用済みの避妊具を捨てた影山君が新しいものを手にするのが見えた。

「え? 何してるの?」

 影山君とはこの一回きりで終わりではなかったのだろうか。目を瞬く私に、影山君は至って普段通りの声色で告げる。

「俺、一晩って言いましたよね。まだ夜は終わってないですよ」

 その言葉と共に押し倒される。私は勝手に一晩を一回だと思っていたのだ。何故? 影山君に純粋なイメージがあったからだ。影山君はこんな屁理屈を言うような子ではなかった。

「あと今晩で名前さんを諦めるつもりもないですから。抱かれてくれてありがとうございます」

 私は呆気にとられて影山君を見た。私が影山君を理解しているなどとんだ自惚れだったのだ。私が知らない間に影山君はこんなにも狡猾で、本能的な男の人になっている。少し前まで影山君に同情していたのが笑えてしまうくらいだ。