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 リビングでテレビを見ている名前の様子を観察して、今日はOKそうな日だと佐久早は判断した。というのも、佐久早が今から名前にしてほしいのは愚痴を聞いてもらうことであり、かつて佐久早があまりにも一方的にまくしたてたせいで「愚痴ばっかりでつまんない」と言われてしまったことがあるからだ。佐久早としては、胸に詰まったものを吐き出せる相手は名前くらいしかいなかった。言わば信頼の裏返しなのだが、名前としては折角の恋人の時間を楽しく過ごしたかったのだろう。思い返してみれば、名前はいつも佐久早との時間を盛り上げようとしてくれていた気がする。それから、佐久早は愚痴を言うなら頻度とタイミングを考えて、できるだけ少量にとどめるようにしていたのだった。
 飲み物を二つ持って名前の隣に滑り込み、空気が馴染むのを待つ。名前はテレビに視線をやったままグラスに手を伸ばし、一口飲んでから口を開いた。
「聖臣何か話したいことあるんでしょ。言っていいよ」
 佐久早は驚いた。佐久早に話があることも、恐らくその内容が愚痴であることも名前はわかっているのだ。今が受け入れられるタイミングなのだと判断して、有難く話させてもらうことにする。
「ファンサ、しなくちゃいけないじゃん」
「うん」
「でもそのファンってすぐ変わるっていうか……俺を好きだって言ってた奴が別の選手のうちわ持ってたり、それどころかもう試合すら観に来なかったり、そういう俺を好きな保証も何もない人に愛想を振りまくのが、どうも苦手で」
 佐久早はここ最近考えていたことを口にした。言葉にすることで、少しは楽になった気がする。名前も今日は愚痴を聞いてやる気分のようだし、慰めの言葉を言ってくれるだろう。その予想は案外外れることになる。
「聖臣を好きでいる保証がないなんて、私にも誰にも言えることじゃん」
 まさか、名前だけはそんなことを言うとは思わなかった。学生時代に出会って早十年、恋人として結婚を意識する所まで来ている。今更他の男にうつつを抜かすとは思えない。だからこそ、衝撃も大きい。固まる佐久早に対し、名前は相変わらず淡々と続ける。
「そりゃあ聖臣のお母さんやお父さんなら何があっても聖臣を好きだと思うよ。でもそれくらいじゃない? 絶対に好きでいる保証がある人なんて。私も聖臣を好きだけど、この先絶対に喧嘩別れしないとも限らないし」
 先に述べた通り、佐久早と名前は時折喧嘩をする。愚痴を聞かされる頻度であったり、洗面所の使い方であったり、色々だ。ずっと自分を好きでいてくれると思っていた名前でさえ絶対ではない。考えてみれば、結婚したところで離婚することもできる。名前だけは一生離さないし離れないと思っていたけれど、どこにもそんな保証はないのだ。では、何故佐久早はそんな名前を愛しているのだろうか。ファンサービスよりもっと濃く気にかけるのだろうか。ずっと心の中に居させ続けるのだろうか。答えは単純で、ずっと一緒にいる保証なんてなくても愛せずにはいられないくらい名前のことが好きなのだ。他の誰でもない、佐久早が。自分がネットで無愛想とやゆされていることを思い出し、佐久早はふっと笑った。そんな佐久早も、名前だけには弱いらしい。
「俺は本当にお前が好きなんだな」
「え、今そういう流れだった?」
 不思議そうにしている名前の手を掴み、握った。いつ来なくなるかもわからないファンにファンサービスはしなくていいかもしれない。でも、名前には尽くしていたい。見返りがなくても、ずっと。