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※Twitter用・pixiv用の書き下ろしで一話ごとに区切っていないので一ページに全文載せています。
ボーダーに未来予知ができる人がいる、というのはなんとなく噂で聞いていた。実際に会ってみればその人は思ったより軽薄で、飄々としていた。私をじっくり眺めていたのは後から思えばいい尻をしているか確かめていたのだろう。彼――迅さんのお眼鏡に敵わなかった私は尻を触られることなく、かといってその日限りの仲になることなく、玉狛と本部の連携係のようになった。迅さんは元からよく本部に来るけれど、彼の趣味である暗躍をしながら玉狛と本部両方の仕事をするのは難しい。そこでどうしてかはわからないけれど、私が本部の玉狛担当のようになったのだ。元から小南とは仲がいいし、玉狛にも顔を出していたので本部や玉狛のメンバーにも受け入れられた。
「アンタ迅に手出されなかったでしょうね?」
迅さんと引継ぎを終えたことを話したら小南にそう言われた時は笑ってしまった。
「これからよろしく頼む」
「よろしくお願いします」
レイジさんや烏丸くんとも知り合って、私は早速本部で決まった伝達事項を伝えた。メッセージで済むかもしれないが、トリガーの現物を持ってくるのに人手が必要になる。私は主にそういう仕事をすることになった。
「それ、別で給料とか出るんすか」
「出ないよ?」
私が言うと、烏丸くんは慄いたような目で私を見る。「とりまるは色々と金に困ってんのよ」と小南がフォローするように言った。今度いらないものがあったらあげよう、と思うのは迷惑だろうか。私が出せるのはせいぜい女物の服くらいだ。烏丸くんに妹でもいるなら別だが、人の古着を欲しいと思うだろうか。その疑問は迅さんが前着ていた服を烏丸くんが着ていたことで解決した。彼は多分、古着とかを気にしない。迅さんも「おれの古着は京介にあげてるよ」と言っていたし。
「あの、私服すぐ買っていらなくなるからよかったら。妹さんに」
「この子すぐ衝動買いするのよ」という小南の声は届いているだろうか。一度しか着ていない服や、浴衣の類をまとめて渡したら目を輝かせていた。
「妹が喜ぶと思います。このお礼は絶対にします」
烏丸くんの言う「お礼」が何なのかは置いておいて、私は温かい気持ちになった。人を見下すわけではないが、困っている人の助けになれたならよかった。
もう私は毎日のように玉狛に通っていた。本部で新しいトリガーの試作品やエンジニアとの調整があると必ず私が呼び出される。本部の人はどうしてか、私がトリガー工学に詳しいことを知っていたらしい。私はまだ高校生だが、父親がトリガー工学の専門家である。そういうわけでボーダーに入ったのだが、父のことは別に話さなかった。どうして私の素性が知れたのだろうと思っていると、「迅だろうな」とレイジさんが言った。迅さんならば、暗躍で知った可能性も未来視で知った可能性もある。初めて会った日からとんとん拍子に玉狛とのつなぎ役が決まったと思ったけれど、実は迅さんが仕向けたことだったのだ。未来で私はトリガー工学の知識を生かして活躍しているのだろうかと思うと嬉しいけれど、どこか腑に落ちない部分もあった。本当に、迅さんはそれだけの理由で私を玉狛との中継役に指名したのだろうか。今までに私がしたことは、トリガーの運び役となって玉狛に行ってお茶をするくらいである。たまに玉狛のエンジニアであるクローニンさんとそれらしい話をするが、未だに実用化されるような発明をできたわけではない。
そう考えている間に、烏丸くんの「お礼」に呼び出された。烏丸くんは言わずもがなモテる人だから、自分とのデートをお礼だと言われる可能性もある。ナルシストとは思わないが、その「お礼」がまかり通ってしまうくらい彼は人気者だ。
「あ、来てくれてありがとうございます。ちょっとついてきてほしい所があって」
待ち合わせ場所に現れた彼は、私を連れて三門の街を歩いた。本当にデートがお礼なのではないか、デートではなかったとしても今この場面を誰かに見られたら誤解されるのではないか。変に緊張してしまう。烏丸くんを意識しているわけではないのに、結果としてデートに舞い上がっている人みたいだ。烏丸くんは私を気にすることなく避難区域の中の道を通った。その先にあるのは、本部だった。
「食堂のおばちゃんと仲良いんです。俺が言えばいつでも大盛りになると思うんで、お願いしておきますね」
「あ、うん」
どうやら、烏丸くんのお礼は食堂のメニュー大盛らしい。なんとも男子高校生らしい発想である。財政が厳しいらしい烏丸くんに何かものを買って渡されるのも申し訳ないところだし、これが一番の落とし所かもしれない。
烏丸くんが食堂のおばちゃんにお願いをして終わりかと思いきや、今日そのまま食べていくようだった。早速私は大盛デビューをする。堂々と大盛をしてもらえることより、食堂に烏丸くんと二人きりでいる方が気になる。視線を感じながらハンバーグ定食を食べていると、烏丸くんの隣に誰かが座った。
「早速馴染んでるねぇ。いいじゃんいいじゃん」
「迅さん」
私を玉狛との中継役に抜擢した張本人の迅さんである。迅さんは私達を見て、からかうように目を細めた。
「そういう感じ?」
「違います」
烏丸くんは何のことかわかっていないようで、自分の食事を続けている。迅さんにからかわれるのは恥ずかしいが、烏丸くんと二人きりにならないのはよかった。
「馴染んでるっていうか、私の配属に迅さんの暗躍を感じて怖いんですけど」
私は迅さんを細目で見る。今や玉狛で私がトリガー工学の専門家の娘であることは知られているが、迅さんはそれをどこで聞きつけてきたのだろう。迅さんはまた飄々と笑い、烏丸くんのコロッケを一口かじった。
「別に。おれが欲しいと思った人材を配置しただけだよ。おれが気に入る未来も見えてたしね」
迅さんに気に入られる、となると私は相当の成果を残せるのだろうか。ついボーダー視点で考えてしまうが、烏丸くんは別のことを考えたようだった。
「急に迅さん好みのお尻になるとかですか?」
烏丸くんに私のお尻に言及され、一瞬むせそうになる。そういえば迅さんはお尻好きなのだ。触りたいとも思わない尻を持つ私を身近に配置する方が珍しいのだろう。
「京介、言うようになったね」
迅さんは苦笑いをして、「それじゃ」とどこかへ行った。また仕事をするのだろう。私が呆然と眺めていると、烏丸くんは急に真剣な顔つきになった。
「お尻触られるのが嫌とかは、ちゃんと言った方がいいですよ」
「あ、うん」
そもそも私は触られるほどいいお尻をしているわけではないと思うのだけど、心配は有難く受け取っておく。烏丸くんはそのまま本部に用があるようで「それじゃ」と言って去って行った。私は本部での永久大盛権を手に入れ、妙な達成感を抱いたまま帰宅した。
そこから私が玉狛支部に住んだ方がいいという話が出るまでは早かった。本部と玉狛を行き来する中で、トリオン兵と鉢合わせることが何度かあったのである。烏丸くんと会った後もそうだった。烏丸くんは自分が誘っただけに責任を感じているらしいが、デートでもないので送って行かなくていいと思う。
「空き室あるし、いいじゃん。住めば?」
元より専門家の父の書斎には一切入らない、大きな音も立ててはいけないという窮屈なルールの家に飽き飽きしていた私はその話を受け入れた。玉狛に住むことで家から本部、家から玉狛への通いはなくなり、私は比較的安全かつ楽に中継役ができる。本当は一人でトリオン兵を倒せるようにならなければいけないのだが、中の中の強さである私にはなかなか難しい所だ。
「どう? 玉狛暮らし、楽しい?」
朝方に屋上から景色を見て物思いに耽っていると、そこに現れたのは玉狛で暮らすように誘った迅さんだった。一応勧誘した者として調子を尋ねているのだろうが、迅さんならわかっているのだろうとも思う。
「未来視で見えてたんじゃないですか」
「あっはっは、おれの未来視はそんな完全じゃないよ。見えないものと見えるものがある」
迅さんにマグカップを渡されて、私は一口麦茶を飲む。あまり深掘りしてはいけないのかもしれないけれど、サイドエフェクトに興味はある。
「どういうことなら見えるんですか?」
「うーん、誰が誰を好きになるとかかな〜」
迅さんはわざとらしくはぐらかした。私がトリガー工学の観点で知りたがっているのを見越して、わざとどうでもいい内容を言ったのだろう。立ち入られたくないのだろうと判断して、話を変える。
「ここの眺め、綺麗ですね」
「でしょ? 好きだから見せたかったんだよね」
「私にですか?」
迅さんは当たり前のように「うん」と言う。まさかそのために玉狛に住むよう仕向けたわけではあるまい。きっと迅さんの中には色々な未来が見えていて、私が玉狛に住むことで将来何かの役に立つことがあるのだ。自分の感情ひとつで私を住まわせるはずがない。というか、迅さんは私にそれほど思い入れがないと思う。
「おれが思った通りに流れてるよ」
それは川のことだったのか、迅さんが見た未来のことだったのかはわからない。
烏丸くんからヘルプのメッセージが来たのはそれから少し経った頃のことだった。何でも、私のお下がりの浴衣を着たいと言った妹さんに対し烏丸くんは着付けがわからないのだそうだ。妹さんも多感な年頃ならば、兄に体を触られるのは嫌だと思うだろう。私があげた浴衣なのだし、私は二つ返事で了承した。位置情報が送られてきて、烏丸くんの家に到着する。ドアをノックすると、普段より少しラフな格好をした烏丸くんがドアを開けた。
「すみません、来てくれてありがとうございます。早速ですけどお願いできますか」
「うん、いいよ」
私は烏丸くんの妹さんに挨拶をし、彼女の体に腕を回すようにしながら浴衣を着つけていく。浴衣を着るのには慣れていたので十分程度で終わり、妹さんの友達との待ち合わせにも間に合うようだった。
「本当にありがとうございます……ほら、お前も礼言え」
「ありがとうございます」
「いいよ全然。お祭り楽しんでね」
私は烏丸くんの妹さんを見送った。そのまま帰ろうとしたのだが、あることに気付く。
「脱いだ後、畳み方とかわかるかな?」
その時の烏丸くんは、本当に申し訳ない顔をして武士のように頭を下げた。
「……すみません」
「いいっていいって」
妹さんが帰ってくるまで烏丸くんの家で過ごすことになる。いちいち玉狛に行くのも面倒だからだ。烏丸くんは気を利かせて飲み物を用意してくれたり、テレビをつけたりしてくれた。私はすっかりこの家の住人かのように烏丸家のリビングでくつろいでおり、むしろこちらが申し訳ないくらいだ。適当にテレビを見流していると、烏丸くんが口を開く。
「あの浴衣、やっぱりお祭りに着て行ったんですか」
「ん? 日本舞踊習ってたから、その時に着付けとか覚えたし浴衣も買ったんだよ」
どうしてそんなことを聞くのだろうと思いつつ烏丸くんを見ると、妙に安心したような表情をしていた。これは、もしかしたらもしかするのだろうか。今フラグが立ったような気がする。烏丸くんが私を好きだと本気で思っているわけではないけれど、多分、気になる人くらいには思われている。理解してしまったからこそ、私も変に意識してしまう。
烏丸くんの妹さんが早く帰ってこないかと思いながら二人でテレビを眺めているのは、なんとも奇妙な時間だった。私がかく汗の数や、まばたきの数まで誰かにカウントされているかのようだった。
「それじゃあ、本当にありがとうございました」
妹さんが帰ってきて、畳み方を教えた後烏丸くんは深々と頭を下げた。時刻はもう十時だ。このまま帰るのかと思ったが、烏丸くんは当然のように送ってくれるらしい。私は烏丸くんが「お礼」をしてくれた時のことを思い出した。あの時は、デートではないから送らなかった。では今はデートなのだろうか。わからない。夜だし、トリオン兵に遭遇したこともあるし、考えられる理由は色々ある。でも今は、何も考えたくない気がした。
それからトリオン兵の活動が活発になった。家と本部との移動はなくなったとはいえ、玉狛と本部との移動は変わらずにある。本部で新作のトリガーを受け取って玉狛に向かおうとすると、迅さんとすれ違った。迅さんはすれ違いざまに立ち止まり、「何かあったら京介の家に行くといいよ」と言った。
「はあ」
まあ確かに、烏丸くんの家は逃げ出せる距離にある。それに迅さんが言うからには、烏丸くんの家に行くことでただ難を逃れる以外のメリットがあるのだろう。烏丸くんの家族を巻き込んでしまう未来が見えていたら烏丸くんの家に逃げろなどと言うはずもないし、その辺りは大丈夫なのだろう。私は胸にメモをしつつ玉狛へ向かう。今日は何も起こらなかった。今日は、と思ってしまうのが怖い。その不安が顔に出ていたのか、小南に訓練室に連れていかれた。
「鍛えてやるから覚悟しときなさい!」
その言葉の通り、小南にひたすら斬られまくる。体よりメンタルがやられそうだ。十戦やって十戦とも私が負けた後、訓練室を出ると「どうぞ」と烏丸くんがジュースを渡してくれた。
「ありがとう」
手が触れるわけでもないのに、妙に私は緊張していた。
その数日後のことだ。本部から玉狛に向かう途中で、トリオン兵と遭遇した。私は烏丸くんとのことに浮かれて、トリオン兵が増えたことをどこかで忘れていたのだ。小南に訓練はつけてもらったが、真っ向から戦って勝てるとも思えない。逃げる場所を探したところで、迅さんの言葉を思い出した。烏丸くんの家に行くといい。今はその言葉を信じるしかない。
必死に走って、烏丸くんの家に向かった。多分烏丸くんは在宅なのだろう。そこで烏丸くんが代わりに助けてくれる手はずだと思われる。私は記憶を手繰り寄せ、烏丸くんの家のドアを目指した。
「烏丸くん!」
必死の形相の私がインターホンから見えたのか、烏丸くんがすぐに飛び出してくる。玉狛のトリガーが見えた瞬間、烏丸くんの武器がトリオン兵を真っ二つにした。
「もう大丈夫です、先輩」
私は気付いたら、烏丸くんに抱きしめられていた。私にあまりにも余裕がないからそうしたのかもしれない。一時的に落ち着かせるためかもしれない。でも私は烏丸くんの温度から、違うものを感じ取っていた。
「本当は、俺の家までトリオン兵を連れて来られるなんて、先輩じゃなかったら許してません。でも先輩だったらいいんです。先輩は俺の恩人で、特別な人なんです」
私を抱きしめる烏丸くんの腕にぎゅっと力がこもる。私は今多分、告白をされている。それなのに私が考えているのは迅さんのことだった。迅さんが言っていた烏丸くんの家に行くといいとはこういうことなのだろうか。私の恋のお膳立てをしたと。
そもそも、迅さんは何故私が烏丸くんの家を知っていることを知っていたのだろう? 浴衣の着付けで訪れたことは、誰にも言っていないはずだ。多分烏丸くんにも特別な出来事だっただろうから、彼の胸の内に秘めていると考えられる。では、迅さんはこのことをわかっていたのだろうか? 私が烏丸くんの家に行くほど親しくなることも、その結果家を知って助けを求めて転がり込めば告白の展開になることも。もっと辿れば、玉狛の中継係にした時から、迅さんはこの未来が見えていたのではないか?
烏丸くんの体温は温かいのに、段々と呼吸が荒くなる。私の知らない所で始まっていた綿密な計画に身の毛がよだつ。迅さんは何故、私にそこまでするのだろう。カップルの成立が未来視で見えることくらい、いくらでもあるはずだ。どうして私の恋だけを、応援するのだろう。私の頭の中に、迅さんの言葉がフラッシュバックする。
「好きだから見せたかったんだよね」
「おれが気に入る未来も見えてたし」
私は、烏丸くんの腕に抱かれながら、ありえない可能性に思い当たっていた。迅さんは最初から――出会った時から自分が私を好きになることをわかっていた。その上で、私と烏丸くんが両想いになることもわかっていた。迅さんは、自分の恋が実らずに終わることを私に恋する前から知っていたのだ。ただ私と烏丸くんが結ばれるように、自分の心に見ないふりをして動いた。
「あ、あ……」
それから何と言って烏丸くんの元を離れたのかは覚えていない。私が言うべきは助けられたことへの感謝とか、告白の返事なのだろうけれど到底そこまで頭が回らなかった。ただ言葉にならない声を出して、烏丸くんの家から玉狛へ向かった。烏丸くんは追いかけてこなかった。玉狛支部は、私が来ることがわかっていたかのように迅さん一人だった。
「何でこんなことするんですか」
息を切らしながら、私は迅さんに向かって尋ねる。迅さんはまるで過去に思いを馳せるように目を閉じて、「何が?」と言った。
「何で私と烏丸くんをくっつかせようとするんですか。迅さんが好きなのは、私でしょ?」
息は荒いし、涙も、何なら涎も出ていそうだ。それくらい私は必死だった。私を好きなくせに私の恋のために失恋する未来を選んだ迅さんのことが、理解できなかった。私に手を伸ばしてほしかった。迅さんと付き合いたいとかそういう意味ではなくて、自分は諦めるのが当然だというような態度をとらないでほしかったのだ。
迅さんはいつものように穏やかに笑い、頭の裏で腕を組んだ。
「わかってるねえ。で、京介とは付き合った?」
「ふざけないでください」
「教えてよ」
迅さんの瞳に見つめられて、足がすくむ。迅さんは本気で私達の恋に賭けているのだ。そう悟った私は、正直に話した。
「逃げ出して、きてしまいました……」
今更ながら、何をやっているのだろうと思う。烏丸くんが告白してくれて、私も烏丸くんが多分好きで、迅さんがここまでお膳立てしてくれたのに。迅さんは私が考えた可能性全てを肯定するように笑って私の頭を撫でた。
「ダメだよ、ちゃんと結ばれてくれなきゃ。諦めたおれが困る」
その瞬間、涙がまた出てきた。
「迅さ……迅さん……!」
私は烏丸くんが好きで、烏丸くんも私が好きだった。でも私が今泣きながら縋っている相手は迅さんだった。明日、烏丸くんに今日のことを詫びよう。そして私も烏丸くんが好きだと言おう。だから今だけは、迅さんの名前を呼ぶことを許してほしい。
迅さんは私を抱きしめるわけでもなく、その場に立っていた。私を見る視線だけが、ただただ優しかった。
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