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荼毘は、いつも私の手をすり抜けて行った。
元々社会のはみ出し者で集まったのが敵連合だ。まともな恋愛ができるとは思っていなかったけれど、私の告白に対し荼毘はいつもはぐらかすだけだった。
「俺が死んで灰になったらやるよ」
そう言われると、私が体目当てみたいだ。しかも荼毘の言葉はまるで自殺予告である。荼毘が何を考えているのかは知らないけれど、私の恋心が荼毘の希死念慮によって薄まることはなかった。荼毘を何度も構い続け、荼毘がそれをかわすのが日常となっていた時、私は遂に風呂に誘われた。デートや食事を通り越して風呂である。体を求められたのかと思ったが、それでも構わない。服を脱ごうとする私に対し、荼毘はチューブの何かを寄越した。
「髪染めんの手伝え。お前は脱がなくていい」
その時、私は荼毘の髪が染髪されていたのだと知った。確かに風呂の椅子に座る荼毘を上から見れば、生え際に白いものがある。若白髪だろうか。それとも、元々が白髪なのだろうか。
「自分で染めてたんだ」
「美容院で通報されるだろ、普通」
荼毘に言われた通り、私は服を着たまま浴室に入る。荼毘は洗い流すためか裸にタオルを巻いていた。薬剤が私につくことを考えたら私も脱ぐなりエプロンをつけるなりした方がいいのだろうが、荼毘は私の服が汚れようが気にしたことではないらしい。まあ、彼らしいと言えばそうだ。
荼毘の髪を黒に染める薬剤を、髪の根本に塗っていく。私は細かいことが苦手なので、手元に注意を払いながら刷毛を動かした。風呂場の鏡越しに、荼毘が私を見ていることに気付く。
「緊張するからやめてよ」
「お前俺のこと好きなんだろうが。風呂場で二人の時点で緊張しろ」
「好きな人の髪染めるのは別で緊張するの」
そんなことを言い合いながら一本目のチューブを空にし、二本目のチューブを空ける。荼毘が髪を染めていることも初めて知ったし、私が介助役に呼ばれるとも思わなかった。荼毘は今まで一人で染めていて、不自由していたのだろう。たまたま私が都合よかったから利用している、それだけだ。私は荼毘に利用されてもいいと思っていたけれど、利用のされ方が想像と随分違う。
「よし、できた。あとは書いてある通りに待ってから流してね」
「どうも」
荼毘は軽く手を挙げる。今更ながら、荼毘の裸の上半身に胸が高鳴った。「お前俺のこと好きなんだろうが」との言葉が頭の中で蘇る。
「また染める時は呼んでね。上手くなってるから」
「最初から上手くやれ」
そう言った私達だったが、次は来なかった。敵連合は戦いを起こし、その末に荼毘は自分の正体を明かした。私しか知らなかった荼毘本来の髪の色を、大勢の前に晒した。
私は荼毘に髪を染めてほしいと言われた時何も思わなかったけれど、実は荼毘にとって自分の地毛の色を明かすのは大きな意味があったのではないだろうか。自分のルーツを人に教え、打ち明けるようなものだ。荼毘は私に随分、心を開いてくれていたのだ。「好き」の言葉に同じ言葉を返すことはなかったけれど、荼毘は私を自分の一線の内側に入れてくれていた。
何でもない日常に思えたあの瞬間の尊さを後になってから知った。もう遅かった。私はヒーローに捕まり、投獄された。後々になって、荼毘も追って捕まったと知らされた。話せたことはない。ただ同じ建物の中にいると知りながら、無限の時間を過ごすだけだ。
私は荼毘の髪の毛を染めたある日のことを考える。髪を染める相手に私を選んでくれてありがとう、と告げていたら何かが変わっていたのだろうか。私と荼毘が少しの間でも甘いひとときを過ごせることがあったのだろうか。多分私のことだから、「心を開いてくれて」ではなく「ワンチャン何か起きそうな風呂場に呼んでくれて」ありがとう、というように捉えられてまた笑われるのだろう。その姿でいいから、見せてほしい。今はもう、荼毘の顔を見ることすらままならない。もう随分長く捕らえられているだろう荼毘の頭は、今どれくらい白くなっているのだろうと考えた。
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