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 西校舎からは東校舎に堂々とかけられた垂れ幕が一望できる。男子バレーボール部、インターハイ優勝。私が家で呑気にアイスクリームを食べている内に、佐久早は随分なことを成し遂げたようだった。

「なんか佐久早が遠い人になっちゃったなぁ」

 暇を持て余していた佐久早は徐にこちらを向いた。今日は午後から化学の実験があるので、西校舎に移動してきたところだった。佐久早は部室でミーティングがあったからそのまま来たのだろう。係で実験の準備を手伝わされた私も他より早く到着しており、授業が始まるまで化学室は私と佐久早の二人きりになった。とはいえ、気まずいというわけではない。佐久早は気難しい人間ではあるものの、クラスの女子の中では一番に心を開いてもらっているのではないかと自負している。「遠くなった」と言えるほど近くにいたわけではない、と佐久早からは突っ込まれてしまいそうだけれど。

「じゃあお前が死ぬ気で勉強して全国模試で一位でも取ればいいだろ」

 佐久早も私との距離は近かったと認識しているようだった。私より遥か上に行ってしまった佐久早に、私が追いつけばいいと言う。当然ながら佐久早が私に合わせてくれることはなさそうだった。

「それは無理だよ。他になんかない? 言っとくけどスポーツも無理だからね」

 我ながら悲しくなってくる。隣にいる佐久早と比べ、私はなんて可能性に乏しい人間なのだろう。これでは佐久早が全国優勝をする前から私達は釣り合っていなかったのかもしれない。釣り合っているとかそういう表現を使うと恋愛の話をしているようになってしまうが。

 佐久早は考え込む様子もなく、まるで前から用意していたかのように返事をした。

「じゃあ、物理的に近付けよ」

 私はその言葉が何を意味するのかも考えないまま、言われた通りに佐久早に近付く。佐久早は隣に収まった私の肩を抱くこともしなかった。ただ、カーテンを背にして二人で寄り添っている。背後からは時折清らかな風が吹いて私達の髪を揺らした。私達はまるで青春のようなことをしているというのに、無機質な化学物質ばかりが並んだ化学室にいるのがちぐはぐだった。佐久早の体温を感じながら、私は何がしたかったのだろうと思う。私は佐久早に近付いて、何をするつもりだったのだろう。何かで全国一位になって佐久早と肩を並べた末にすることは、結局こうして物理的に近付くことではなかったのか。全国で一番にならなくてもそれを許す佐久早はもう、私を受け入れているのではないか。それが何を意味するのかを指摘したらこの空間が壊れてしまいそうで、私はただ目を閉じた。