▼ ▲ ▼
風邪を引いてしまった。羅刹学園の授業を休んだことで同期には知れ渡り、昼休みには帆稀ちゃんや水鶏ちゃんが見舞いに来てくれた。二人にお礼を言って二人がくれたゼリー飲料を飲み、また眠る。そして次に起きた時、私の部屋には一ノ瀬くんと皇后崎くんがいた。起こされた、と言った方が正しいだろうか。
「病人に肉って何考えてんだよ。もっと消化にいいものにしろ」
「皇后崎こそおかゆってゲロみたいじゃね? そんなん食わせんのかよ」
「うるせぇ苗字が起きるだろ」
もう起きてます、とは言えずに二人の言い合いを見守る。一ノ瀬くんと皇后崎くんの仲が悪いのはいつものことだが、病人の部屋でも言い合いをするくらい二人の関係は絶不調のようだ。それでも作戦の時などは協力するのだからすごいと言うべきなのだろうか。
「ほら、苗字が起きただろ。病人の部屋では静かにしろ」
「俺は病気になったことがないから病人の扱いがわからないんですぅ〜」
「炎鬼の力を使いこなせなくてぶっ倒れてたくせに」
「それは別だろ! 俺風邪とか全然引かないし! 多分苗字の飲み物飲んでも平気だね」
「えっ」
私は思わず止めようとするが、一ノ瀬くんは喧嘩のテンションのまま私の飲んでいたスポーツドリンクを口にする。もちろんコップに注いでなどではない。私と同じく、直に口付けだ。間接キスだと気にしてしまうも、この部屋の中では私がおかしいように思えてくる。一ノ瀬くんも皇后崎くんも、回し飲みを全く意識していない。
「同じペットボトル飲んだくらいで移るかよ」
「じゃあ苗字から直接もらいますぅ〜」
そう言った一ノ瀬くんがベッドの方に迫ってくる。私は「えっ」とか「あ」とか言いながら布団にくるまっているので精一杯だった。ベッドは壁際だし逃げ場はない。風邪で体の力も抜けている。そもそも、私が全快したとしても一ノ瀬くんに力では敵わないだろう。
「直接もらう」とはキスのことなのか。それとも、感染症の検査をするように粘膜の一部を取って自分の体内に摂取することなのか。いずれにせよ、同期の男女間でやっていいことではない。一ノ瀬くんまで風邪を引いたら大変なのは言わずもがな、粘膜の摂取だろうがキスだろうが私はどこまでも意識する。私は一ノ瀬くんが好きなのだ。
「おい、病人の部屋で何やってる」
一ノ瀬くんが私の体の上に乗り上げた時、音を立てて部屋のドアが開かれた。見れば、無陀野先生が部屋の入口に立っている。男女の不埒な気配を察したのだろうか。これは助かったと言うべきなのか、このまま一ノ瀬くんに任せるべきだったのかはわからない。一ノ瀬くんは漸く我に返ったように顔を赤くして固まっていた。
「四季、苗字の上からどけ」
「どきます! 今どきます!」
「不純異性交遊として四季は罰の補習だ。皇后崎も差し入れを置いたら部屋を出ろ」
「……ウス」
どうやら私の危機は、これで終わったらしい。無陀野先生からもっと用心しろというような視線を受けながら、部屋を賑わせていた原因の二人は去って行った。なんだか夢のような勢いと展開だった。私は薬を飲んでもう一度眠り、翌日から学校に復帰した。
そこで判明したのだが、一ノ瀬くんの「補習」と私が学校を休んでいた間の分の特別授業は同じものだったらしい。空き教室に一ノ瀬くんと二人きりで残されて、正直気まずい。しかも一ノ瀬くんは、私の隣に座っている。席はいくつも余っているのに、どうしてすぐ隣なのだろう。
「この間はごめん」
「あ、うん」
多分押し倒してキスをしかけたことなのだろうなと思いつつ、それを声に出す度胸はない。結果、曖昧な返事にとどまっている。二人の間で綺麗に過去のことになってしまえば、少しは落ち着いて補習を受けられる気がした。私の気が落ち着いたのも束の間、一ノ瀬くんはとんでもない爆弾を投下する。
「やっぱりキスは、ちゃんとした時にしたいなって」
まるで、キスをする前提のような言い方だ。私達は付き合っていないし、キスをするような仲ではない。だけど一ノ瀬くんは、将来を見据えて何かを考えているようである。
私の頭の中がぐるぐると渦巻いてきた時、無陀野先生が教室に入ってきた。せっかく特別授業をしてもらったのに申し訳ないけれど、今日の講義には集中できそうにない。
/kougk/novel/6/?index=1