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 牛島君と東京で出会ったのは偶然のことだった。試合に出ているのを見て一方的に存在は知っていたものの、まさか私のことを覚えているとは思わなかったのだ。百貨店で鉢合わせた牛島君は、「今度試合でも観に来てください」と言った。私はその言葉を鵜呑みにして試合に行ったが、社交辞令ではなかったらしい。牛島君は試合後私と二人で会ってくれた。今は夜の街を二人で歩いている。牛島君が私に本気なのかわからないが、結構いい雰囲気なのではないかと思ってしまう。少なくとも私がこの状況に色めき立っているのは事実だ。牛島君が橋の上で立ち止まる。私も合わせて立ち止まり、私達は数度言葉を交わした。会話もなくなり、私達の間には夜の沈黙が降りる。牛島君の方を向けば、牛島君もまた私を見た。今がチャンスなのではないか。私は自然と目を閉じた。自分からキスをする度胸はなかったからだ。しかし、いつまで経っても唇は来なかった。不安に思って目を開けようとした時、牛島君の声が降ってきた。

「キスならしないぞ。平均三回目のデートでするらしいからな」
「平均……?」

 牛島君が一体何のデータを見ているのかわからないが、一応これはデートだと認識しているのだろうか。キスをお預けされて悔しいような、嬉しいような複雑な気持ちだ。私の様子を気にかけることもせずに牛島君は続ける。

「ちなみにセックスは付き合って一ヶ月だ。翌々回のデートから付き合うつもりだが生理は平気か?」

 牛島君はどこまで忠実で、無粋な人なのだろう。折角恋愛について下調べしているのならそれを悟らせずに実行するものではないのだろうか。牛島君は何かと真面目すぎるきらいがある。牛島君自ら浮ついた本を買うところは想像できないので、きっと天童君か誰かが牛島君に入れ知恵したのだろう。

 生理周期を答えるのも恥ずかしくて私は唇を尖らせた。世間一般のスパンに合わせるのもいいが、私の気持ちは考えないのだろうか。

「三回目のデートまで我慢しろってこと?」
「そうだ。それが定石だ」

 牛島君のことは好きだが、雰囲気や二人の気持ちを無視した教科書的な恋愛には不満を抱いてしまう。少しは私の気持ちを汲んでくれてもいいのではないだろうか。私は背伸びをすると、牛島君にキスをした。

「それは男の人からする場合でしょ」

 挑戦的な目で見上げると、牛島君は揺るがない瞳で私を見下ろす。

「予定が狂った。修正するのと、このまま進めるのどちらがいい」
「牛島君のしたい方でいいよ」

 そう言うと、肩に牛島君の手がかかるのがわかった。