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 その日は風の強い一日だった。前の晩に彼女である名前と大層盛り上がり、潔癖のきらいがある佐久早は彼女の下着を洗濯したのだ。着替えを持っていない彼女は反対したが、結果として裸の上に彼シャツという最高に興奮する組み合わせを拝めたので良しとする。洗濯機を回している間にもう一度したことは言うまでもない。セックスが終わり、終了を告げる機械音が聞こえると佐久早は慣れた手つきでベランダに出た。選手寮に入ってからというものの、家事が板につくようになった。とはいえ今回は彼女の下着もあるので、できるだけ彼女の下着を自分の服で隠すようにして干す。彼女と部屋で一日を過ごした後は、前日の服を着させて帰せるはずだった。

「風強いからもう乾いてるかもね」

 春から夏へと変わりつつある時分である。彼女の一言で佐久早はベランダへ出た。彼女の言う通り洗濯物は綺麗に乾いていた。かごへとしまったところで、ふと違和感に気付く。何か重要なものがなくなっている気がするのだ。数秒考えた後、佐久早はそれが彼女のブラであることに気付いた。ショーツはあるのにブラがないのでおかしいと思っていたのだ。この強風だとどこまで飛んでいるかわからない。佐久早は慌てて部屋に戻ると、かごを置いてから部屋を飛び出した。

 最初に訪れたのは宮の部屋だった。風は東向きに吹いていたので、東側にある宮のベランダに落ちている可能性が高い。インターホンを押すと、宮は簡単に部屋に上げてくれた。

「なあなあ臣くん聞いてくれん? 今日ブラが落ちてたねん」

 聞くまでもなく、彼女のブラは宮のベランダに落ちていたようだった。宮の手にあるのは昨晩佐久早が外したばかりのものである。佐久早は安心すると共に、どう切り出すかという焦りに苛まれた。

「このブラやと結構大きいよなぁ……柄も結構好みだわ」

 佐久早の嫉妬が燃え盛る。彼女のサイズを測られた上、柄にまで言及されたのだ。佐久早はこの下着の柄を気に入っていたが、新しいものを買ってやって捨てさせるようにしようと思った。

 このままでは宮に何をされるかわからない。佐久早が自分の洗濯物だと名乗りを上げようとした時、宮が口を開いた。

「けどまさかウチに女装癖のある奴がおったなんて」

 女遊びをしているくせに、連れ込んだ女のものだという考えはないらしい。このブラはブラックジャッカルのメンバーが着けていたものだと思われているのだ。佐久早は名乗りづらくなってしまった。ここで自分のものだと言えば、佐久早に女装癖があると思われてしまう。

「女の洗濯もしてやるくらい、あるだろ」
「そか? 俺セフレは家に上げへんからわからんわ」

 佐久早のように真剣な恋愛をしていないことが仇になった。さてどう切り出すかと悩んでいた際、さらにうるさい声が背後から響く。

「ツムツムー! って何それ、ブラ!?」

 ブラックジャッカルの小学生、木兎だ。喧しい二人が揃ってしまえば彼女のブラがおもちゃにされてしまうかもわからない。佐久早は諦めて名乗り出ることにした。

「それ、渡せ」
「何で!? オミオミ女装すんの!?」
「しねぇよ。彼女の洗濯物だよ」

 佐久早にとっては女装疑惑を晴らすための立派なアリバイだった。しかし二人にとっては、驚きの新事実として聞こえたらしい。

「臣くん、彼女家に上げるんか……?」
「彼女と洗濯物一緒にできるんだな!」

 父親を毛嫌いする思春期の娘か、と思わず言いたくなる。普段潔癖であることは認めるが、それは衛生管理もろくにしていない男共に対してだ。彼女である名前と宮や木兎を一緒にしないでほしい。

「今着るものなくて困ってるから、早く寄こせ」
「待って! オミオミの彼女今いんの!? 会いたい!」
「会わせるわけねぇだろ」

 下着を見た後その本人に会うのでは誰でも嫌がるに決まっている。というか、彼女がよくても佐久早が嫌だ。佐久早はブラをひったくり、服の中に隠しながら宮の部屋を脱出した。