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 放課後、治のクラスへ向かおうとすると話し声が聞こえてきた。今日は部活が早く終わると言っていたので治以外には誰もいないはずである。思わず私は扉に隠れるようにして中の様子を伺った。

「だから私、治のことがめっちゃ好きやねん」
「いや、俺彼女おんねん」

 残っているのは、治とクラスメイトの女の子のようだった。女の子に奪われかねない状況に肝を冷やすものの、治が毅然と対応してくれていることに安心した。治は他の女に言い寄られたからと言って彼女がいないふりをする男ではないのだ。不安も解消され、私は少し離れた所で待とうと治に連絡しようとする。その瞬間、ドアのガラス越しに治と目が合った。

「困んねん。俺の彼女めっちゃ嫉妬深いし。こういうの嫌や言うとるわ」

 あっという間に治に引きずり出され、私は女の子と相対する。一部しか見ていないが、女の子は相当しつこかったのだろうか。嫌だと言いたいのは治自身だろうと言いたいのを我慢して、私は緊張した面持ちで女の子を見る。

「な、名前嫌よな?」
「え? あ、まぁ……」

 私の曖昧な答えが気に食わなかったのだろう。治も女の子も腑に落ちないという顔をしていた。だがここで治が求めるような厳しい言葉を言えば、私と女の子の人間関係は崩壊してしまう。来年同じクラスになるかもわからないし、こういう群れるタイプの女の子とはできれば対立したくないものだ。

「彼女さんは本当に治が好きで嫉妬してるん? そうは見えないんやけど」

 流石と言うべき観察眼である。途端に何も言えなくなってしまう私を治が睨んだので、私はしどろもどろになりながら答える。

「ま、まあ治とは付き合って半年近く経つし……お互いこう、愛着が湧いてきたっていうか」
「付き合った期間を聞いてるんやないんやけど」
「せ、せやね……一応付き合ってる以上治は私のもんやし、こうして言い寄られるとモヤモヤするな〜みたいな」
「一応?」

 弱った。この舌戦では確実に女の子の方が上だろう。それも当たり前だ。私が嫉妬深いなどは治が咄嗟についた嘘で、私はこの状況について行けていないのだ。治はモテるのだから他の女に狙われることなどは最初から想定済みだった。告白されたくらいで拗ねていては年中不機嫌になってしまう。

 弁の立たない私の肩を掴み、治は私を庇うように言った。

「名前は俺を愛しとるから他の女に誘惑されると許せないんや。すまんな」

 誰もそこまで言っていない、と思わず治を睨みそうになった。だがここで引けばまた元通りである。神妙な表情を作っていると、「ほんまに彼女さんは治のこと愛しとるん?」と聞かれた。

「愛してます」

 まるで結婚式の誓いのような言葉を、神父でも何でもない女の子に半ば脅されて言う。人生で初めて愛を語る場がこのようであるとは思っていなかった。隣で満足そうな顔をしている治を殴ってやりたい。女の子は「ふーん」と言うと、鞄を肩にかけた。

「そういうことなら退いたるわ」

 女の子の足音と扉の閉まる音が響く。これで女の子との対立が終わったと安心すると同時に、隣で調子のいい笑みを浮かべている治をどうしようかと頭を悩ませた。