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 影山に好きな人ができたのは突然だった。直接相談をされたわけではないが、一年の教室で「あの好きなんスけど」と明らかに困った様子の相手を前に言っているのを見ては忠告せざるを得ない。

「ちょっと影山借りるぞ」

 部活の用事も忘れ、俺は影山のワイシャツの襟を掴んで引っ張る。影山は「菅原さん、何スか」と平然とした様子だった。告白を中断されたんだからもっと動揺しろ。

「場所を考えろよ! いくら何でも休み時間の教室で告白する奴があるか!」
「別に告白してないですよ。アピールしてただけです」
「あれはもう告白だろ!」

 影山に告白しているという気はなかったらしい。だがアピールというにはあまりにも強烈すぎる。相手の女の子だって、「好きです」の後に「付き合ってください」が続かなければ困るのではなかろうか。

「いいか、アピールってのは毎日話しかけたり、荷物持ってやったりとかそういうことなんだよ! 告白はその先!」

 影山は納得したのかしてないのか、「はぁ」と言って頷いた。俺の元を去ると、「さっきの忘れてください」と女子生徒に言っている。彼女は余計困った様子だ。俺は影山が席に戻ろうとして初めて、部活のプリントを渡すことを思い出した。

 俺の指導のかいもあり、影山は正攻法で女の子にアプローチできていると思う。学力面では劣るが、ルックスや運動神経は悪くない影山だ。そのうち女の子も落ちるのではなかろうか。

 しかし予想に反して、女の子は影山に靡かない様子だった。影山の口から聞いているので多少見落としている可能性もあるが、何ヶ月も続けていればそれなりに反応があってもいいものだ。俺は考えた末に一つの結論を出した。

「押してダメなら退いてみろ、だ」
「わかりました」

 鈍感な影山でもその意味は知っていたらしい。朝練終わりに自分の教室へ向かうのではなく、一年の教室を少し覗いてみる。クールな影山のことだから、完全に無視などしないといいのだけれど。

「苗字さん」

 影山は女の子の名前を呼ぶと、彼女の席まで行った。アピールをやめるのにわざわざ話しかけに行ってどうする、と言いたいのを堪えて傍観に徹する。影山は女の子の前に立つと、女の子の腕を引いた。

「は……?」

 男子に腕を引かれれば、女子は相手に体を預ける形になる。つまり、自然と女の子が影山に抱きついているような体勢になるのだ。

「はあーっ!?」

 動揺したのは俺だけではなかった。影山のクラス中が、二人を見つめている。影山は平然としているが、女の子にとってはたまったものではないだろう。

「影山! 俺は押してダメなら退いてみろって言ったんだ! 何やってんだよ!」

 我慢できずに出て行くと、影山はいまだに彼女を離さないまま振り向いた。

「だから引きましたけど」

 数秒考えた後に合点がいく。影山にとっては退くではなく引く、イコール引き寄せるなのだ。影山の言語能力が極めて低いことを失念していた。俺は頭を抱えた後に、「とりあえずその子離してやれ」と言う。影山が女の子を解放すると、目を輝かせた女子が周りに集まっていた。影山、お前やりすぎだよ。俺の背後で本鈴が鳴って、俺の遅刻も確定した。