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「苗字マジでありがとな! お前がいてよかった!」
「どういたしまして」

 去年同じクラスだった男子が教室を去るのを見届けてから、私は視線を机上に戻す。今日は例外的に時間割が変更になったらしいのだが、教科書を忘れたそうなのだ。彼のクラスの古典担当は厳しいことで有名なので、彼の反応も大袈裟と言えなくもない。私も次の教科の準備をしようとした時、教室の入り口から絡みつくような視線を感じた。

「浮気か」

 私を見下ろしていたのは同じく去年同じクラスだった侑である。侑もまた彼と同じクラスで、古典の教科書を忘れたのだろう。侑の方が彼より仲が良いというのはあるけれど、侑がそう言ったのは偏に私を自分のものだと思っているからなのだろう。

「別に付き合っても何でもないんやけど」

 私は至って当たり前の言葉を返す。侑のことは嫌いではない。むしろ、薄ら恋愛感情があるのではないかと思うくらいだ。だが侑の付き合ってもいないのに私を所有しようとしているところが気に入らなくて、反抗するような言葉を返す。侑は私を好きなくせに告白しないのだ。

「付き合いたいなら告白せえや」
「嫌や! 俺から名前に告るとかありえへん! でも他の男に取られたくない!」

 何と我儘な男だろうか。要するに侑は私を見下していて、自分から告白したくないのだ。そのくせ独占欲だけは一丁前にある。これでは私も意地悪をしたくなって自分から告白する気が失せるというものだ。付き合っていないのだから他の男の元に行ってもいいのに行かないあたり、私も相当侑に惚れているのだろうけれど。

「ちゃんと捕まえとかな誰かのもんになってまうで」
「お前を好きになる物好きなんかおるわけないやろ」
「それ鏡見てもう一回言ってみろや」

 侑は気付いているのだろうか。私を下げれば下げるほど、私を好きな侑の株も下がっているということに。私は呆れて侑を見る。

「とりあえず今日は他の女子に教科書借りや」

 侑なら教科書を貸してくれる女子は山程いるだろう。そう思っての発言だったが、侑は窺うように私を覗き込んだ。

「女子に教科書借りても怒らん?」

 だから私達は付き合っていないのだと本日二度目の言葉を吐きそうになる。教科書を借りるくらい好きにすればいい。私のことを好きならば余計なプライドは捨てて告白してしまえばいい。しかし変な意地を張って告白しないのは私も同じなので、「怒らんよ」と優しく言うに留めた。侑は「ありがと」と言ったが、同じ部活の男子に教科書を借りていた。