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「佐久早、苗字のこと好きらしいよ」

 そう言われて私は思わず身を引いた。佐久早先輩と古森先輩が親しいのは知っているが、高校生にもなって代わりに告白させるほど子供じみた人ではないだろう。佐久早先輩への嫌がらせとも考えづらい。身構える私に、古森先輩は笑って言った。

「佐久早、早く告っちゃえばいいのに全然告んないんだよなー。あまりにも頑なだから、もう言っちゃえって」
「はぁ……」
「苗字だって気付いてんでしょ?」

 私はつい顔を逸らした。少し前から、佐久早先輩が優しいとは感じていた。気にかけてくれたり、荷物を持ってくれたり。それが私だけであることにも気付いている。しかし自分から触れる気にはならなくて、気付かないふりをしていたのだ。

「ほっといたらあいつ永遠に告白しねぇから、もういっそ俺達で佐久早に告白させちゃおうと思って。苗字、佐久早が告白するような雰囲気作ってあげてよ」

 段々意図が掴めてきた。明らかに知られている気持ちを告げようとしない佐久早先輩の告白を成功させるため、相手である私に協力させようというのだ。だが、それは私も佐久早先輩と付き合いたいと思っていることが前提になる。

「私が佐久早先輩のこと振るつもりだったらどうするんですか?」
「え? 苗字佐久早のこと好きでしょ?」

 あっけらかんと言われ、私は為すすべなく「まぁ、はい……」と頷いた。時々、この先輩のことが怖いと思う。

「じゃあよろしく。あ、苗字から告るのは佐久早のプライド的にNGだから」

 それだけ残して古森先輩は去って行った。随分と面倒くさい人に好かれてしまったものだ、と思う。その佐久早先輩を好いている私も同類なのかもしれないけれど。

 放課後、全体練習が終わると佐久早先輩は顔を洗いに水道へ行く。古森先輩の合図を受け、私も佐久早先輩の後を追った。

「佐久早先輩、お疲れ様です」
「……ああ」

 私の差し出しているタオルが自分のものだと判断したのか、佐久早先輩はタオルを受け取る。今は二人きりだが、それなら以前にもあった。佐久早先輩が他に人がいないというだけで告白するとは考えづらい。

「何か私に言いたいこととかないですか?」

 試しに吹っ掛けてみると、佐久早先輩は「は?」と言ってこちらを見た。古森先輩に何か言われたとは言わない方がいいだろう。

「いや、佐久早先輩からの視線を感じるなーって」

 これでどうだ。佐久早先輩を見ると、佐久早先輩は動揺することもなくタオルで顔を拭いていた。

「それはお前が気になるからだろ」

 もう告白しているに等しいのだけど、あと一息引き出す必要がある。

「何で気になるんですか?」
「お前が可愛いからだ」

 作戦の最中だということも忘れて私は黙りこくる。どうしよう、本気で照れてしまった。佐久早先輩がこんなにストレートに物事を言う人だとは思わなかった。逆に何故好きだとは言えないのだろう。

「可愛いって、どうして思うんですか」

 私は羞恥を我慢し、佐久早先輩にさらに切り込む。佐久早先輩は初めて考え込むような表情を見せ、しばらく葛藤した後顔を上げた。

「ダメだ。それは絶対の保証がないと言えない」
「何の保証ですか」
「お前が俺を好きだっていう保証だ」

 思わず好きだと言いたくなったが、佐久早先輩は女から告白されることを良しとしていないらしい。面倒くさい人だ。絶対に振られたくない佐久早先輩に告白させるためには、私が安心させるしかない。

「大丈夫です。私イエスマンなんで。佐久早先輩に何か言われたら絶対に頷きます!」
「イエスマンって大丈夫かよ。誰にでもそうやって頷くのか」
「佐久早先輩だけですよ!」

 体育館からこちらを見ている古森先輩が爆笑しているのが見える。お互いに好きだと言い合っているに等しいのに、告白はしない。私の場合は、佐久早先輩の沽券的にNGを出されているのだけど。

「じゃあ言う」

 遂に来た。私は覚悟を決めて佐久早先輩を見上げる。佐久早先輩は手を下ろし、まっすぐに私を見つめた。

「今日一緒に帰って」

 がくり、と思わず転げそうになった。散々溜めて、告白まがいのことまでしてこれである。世間一般では随分なスローペースだが、慎重な佐久早先輩からしたら前進したことになるのかもしれない。私は心の中で道のりの長さを嘆きながら「いいですよ」と言った。