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 委員会が終わり、私は忘れ物を取りに教室へ向かった。しがない文化部の私にとってこの時間帯まで学校に残るのは珍しいことで、運動部のかけ声や赤く染まる校舎を新鮮に感じる。教室のドアに手をかけようとした時、「やめとき」と声をかけられた。

「今、根岸達がええとこやから」

 私を止めたのはクラスメイトの治だった。治も部活を終え、教室に用があったのだろう。根岸は治と仲が良かったはずだ。ガラスから中を見て、私は治の言いたいことを察した。根岸はクラスメイトの女子に告白している最中なのだ。言われてみれば、特定の女子をやたらと気にかけていることが多かった気がする。

 友達ではなくとも無粋な真似はしたくない。仕方なく私は治と廊下に並んで気配を消した。人の恋愛に協力するのは初めてのことで何故か変な気分になる。中からは途切れ途切れに話す声が聞こえてきて、やがてそれは水音に変わった。根岸の告白は上手く行ったようだ。私は隣の治をそっと見る。二人で協力したとあり、私と治の間には奇妙な連帯感が生まれていた。二人にあてつけられたせいで、私達まで気まずい雰囲気になっている。別に二人に聞こえないくらいの声で喋っていてもいいのに、扉の向こうで二人のラブシーンが始まっているという思いが私達を緊張させるのだ。

 私達はしばらく突っ立って陰に徹していた。二人のことよりも、隣にいる治のことが気がかりだった。長い沈黙の後、治は唐突に口を開いた。

「今回協力したんやから、俺達が告白する時もええことあるんかな」

 治に緊張を悟られないよう、私は平穏を装って返す。

「成功率アップとかあるんちゃう」
「考え方がソシャゲ廃人くさいわ」

 治は顔を歪めて笑った後、穏やかな表情に戻って言った。

「好きや、名前」

 普段の私であれば、便乗して告白するなとかからかうなとか言っているところだろう。だが今はロマンスの空気にあてられて、すっかりその気分になっていた。ついでに言えば、私は治のことを悪く思っていなかった。治があまりにも人気だから手が届かないと思っていただけで、治から手を差し伸べてくれるなら私はそれを平気で掴むのだ。

「……私も好き、かも」
「かもかぁ」

 治は笑って壁にもたれた。私達は根岸のようにキスはしなかった。ただ気持ちが通じ合ったという実感が、確信をもってあった。教室の中の水音は収まってきている。根岸達が出てきて二人きりになったら、私は治に何と言うのだろうか。