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 アドレス帳を眺めていて、懐かしい名前が目に入る。北川第一時代の友人にはあまりいい思い出がないのだけど、彼女には爽やかな印象があった。というのも、彼女が俺にバレーを好きだと言ってくれたからだ。俺の全てであるバレーを肯定されて悪い気はしなかったし、「上手い」とは言われても「好き」とは言われたことがなかったので新鮮だった。彼女が及川さんの取り巻きのような害をもたらす女子ではないことも相まって、俺は彼女をよく思っていた。だが、俺のバレーを好きだと言っていた彼女は当然、俺が横暴を働いた試合も見たことだろう。彼女が俺のバレーのどこを好きだと言ったのかはわからないが、あの試合が最悪であることくらい素人だってわかる。彼女は俺に話しかけることがなくなった。自分が悲しいという気持ちよりも、彼女の理想の俺を壊してしまった、彼女の好きという気持ちを潰してしまった罪悪感の方が強かった。彼女はもしかしたら、バレーごと嫌いになっているかもしれない。俺はアドレスをクリックして新規作成画面を開き、一度破棄してからまた開いた。

「久しぶりです。今は烏野高校にいて、今度試合あるんでよかったら来てください」

 半ば勢いに任せて送った。彼女は今日アドレス帳を見返すまで忘れていたはずの存在だった。だが、烏野に来て「変わった」と言われた自分が本当に変わっているのか、彼女の目で確かめてほしかったのだ。

 返信は来なくてもいい。彼女が来ようが来まいが、セッターとして最高のプレーをするだけだ。

 そう思っているのに、気付けば観客席に目を走らせていた。いくら視力がいいと言えど、全員の顔をチェックすることなどできるはずもない。諦めてホールに出た時、控えめに女が近寄った。

「あの、影山君……」

 彼女だ。本当に来てくれたのだという興奮とまた失望されたのではないかという不安で俺は息を呑む。彼女の肩に掴みかかりたいのを我慢して、俺は必死に叫んだ。

「俺のバレーは、まだ好きですか」

 すると彼女は困ったような表情で黙り込んだ。これが答えだろうか。

「あのね、私影山君のバレーは好きじゃないの」

 烏野に来て変わったと思っていたことも、全て幻覚だったのだ。自分はやはり、王様のままなのだ。俺が立ち去ろうとした時、彼女が俺の意識を引き戻すように口を開いた。

「私は元から、影山君のことが好きだって言ったの」
「……は?」

 咄嗟に中学時代のことを思い出す。「私、影山君が好き」彼女はそう言った。俺は部活の時だからバレーのことだと勘違いしただけで、彼女は俺自身が好きだったのだ。

「勘違いさせてごめんね」

 彼女は笑う。今までの俺の葛藤が徒労に思えた。俺はバレーでなく、恋愛面において悩むべきだったのだ。ため息を吐いてから、俺は顔を上げる。

「いつか俺のバレーも好きだって言わせます」

 彼女は何か言いたそうにしていたが、俺は何も聞かずに立ち去った。これから俺の、新たなる戦いが始まる。