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「お前、俺のこと好き?」

 佐久早君に突然聞かれて、私は思わず身構えた。高校生になった男女の「好き」とは重いものである。しかしすぐに私が想定しているものではないと気付いた。いくら何でも、昼休みの教室で恋愛感情の好きかどうかを確かめたりしないだろう。

「それ、人間としてって意味だよね?」
「ああ」
「好きだよ」

 まるで予行練習のような気持ちになりながら私は事実を返す。佐久早君のことは人間として好きだ。勿論、異性として好きでもあるけれど。

 佐久早君は私の答えを聞いて満足したように私の席を離れた。一体何だったのだろうか。この後友情にかこつけたお願い事をされても、私にとっては僥倖だ。

 しばらく経っても佐久早君の質問の意味はわからなかった。佐久早君とさらに仲良くなる気配もなければ、恋愛関係に発展することもない。ただ、佐久早君に彼女ができたという噂を聞いた。もしかしたら佐久早君も私のことを少なからずよく思っていて、彼女ができても友人関係を続けられるかという意味で聞いたのかもしれない。だとしたら佐久早君は酷い男だ。

「私、佐久早君のことを好きじゃいられなくなったかも」

 昼休み、佐久早君の隣に並んで話す。佐久早君は大袈裟に体を揺らしてこちらを覗き込んだ。ただの友達ならそこまで動揺することはないだろう。

「何で? 俺何かした?」
「彼女がいるのに私とも仲良くしてほしいなんて酷いよ。私の気持ち知ってる?」

 私は佐久早君を見上げる。私は所謂都合のいい女になりたくないのだ。

「俺のこと、好きなんだろ」

 佐久早君は照れるように目を逸らした。佐久早君はきちんと気付いていたのだ。私が人間としてだけではなく、異性として佐久早君を好きであることに。

「そうだよ。だから彼女がいるのに仲良くするなんて無理」
「何も問題ないだろ。俺のことが好きだから付き合ってるだけだ」

 ここで私は私達の間に齟齬が生まれていることに気付いた。今は私と佐久早君の話をしているはずが、何故彼女の話になってしまったのだろう。

「彼女は今関係ないよね」
「あるだろ。それとも別れてほしいわけ?」

 佐久早君が怠そうな目を向ける。私は面倒くさい女だろうか。少なくとも、ここで取り繕えないくらい我儘なのは確かだ。

「そう」

 私が声を震わせて言うと、佐久早君はため息を吐いてから口を開いた。

「別れよう」
「……は?」

 私は思わず目を瞠る。佐久早君と彼女が別れるはずが、何故私に言っているのだろうか。佐久早君は何を間違えているのだろう。

「何で私に言うの?」
「俺達付き合ってるだろ」
「そんなの全然知らない!」
「俺のこと好きって言っただろ」

 言い合いを経て、いつかの問答が蘇る。佐久早君に好きかと聞かれた。しかし佐久早君は人間として好きかと言ったのだ。

「人間としてでも好きは好きだろ」
「それにしたって付き合うなら何か一言くらい言ってくれてもいいじゃん! 身勝手すぎるよ」

 悲しいかな、佐久早君がどんなに恋愛においての常識がない人だろうと私はそんな佐久早君が好きなのだ。佐久早君と付き合うためなら非常識の一つや二つ受け入れる。

「でももう別れたんだろ」

 佐久早君に言われ、私は言葉を詰まらせた。佐久早君の身勝手な付き合い方を責めた手前、非常に言い出しづらいことではある。しかし私は佐久早君が好きなのだ。

「……もう一回、付き合って」

 私は佐久早君が好きなのに不本意だということを隠しもせずに言った。すると佐久早君が「身勝手なんじゃねぇの」と意地悪な表情で言うので、思わず叫ぶ。

「私は佐久早君が恋愛の意味で好きなの! これでいいでしょ!」

 私の隣で、佐久早君が「最初からそうしてれば早い」と言った。誰のせいだと思っているのだろう。