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シャボンディ諸島に上陸していたとある日、私はふらふらと夜の街に出た。今夜は見張り番ではないし、これだけ栄えた街で遊ばないというのも勿体ない気がする。何しろこの前に立ち寄ったスリラーバーグでは私達はゾンビと戦うはめになったし、その前のウォーターセブンでは一味全員が指名手配されたり海軍に追われたりして島を満喫することなどできなかったのだ。幸いシャボンディ諸島で過ごす時間はまだあるし、ある程度の自由行動が認められてもいる。とは言っても、ルフィは仲間が夜遊びするなどは考えていないだろうが。

夜のシャボンディ諸島は昼間に負けず栄えていた。主な客は海賊なのだから、夜がシャボンディの稼ぎ時と言っても過言ではない。適当なパブに入ると、私はカウンターに座ってカクテルを一杯頼んだ。海賊達の下衆い話や笑い声をBGMに、私は酒を楽しむ。戦いはあまり好きではないものの、根が海賊気質なのかこういった荒れた酒屋は好きだった。一味の中で酒好きとしてくくられる私とゾロの主な違いはここだろう。私は船で飲むのでは満足できない。酒屋の雰囲気も味わってこそ、酒だと思うのだ。

とは言いつつも、私はゾロほど酒に強くない。酔いが回ってきた自覚が芽生えてきた時、隣に背の高い男が座るのを感じた。

「……一人か」
「そうだけど?」

もうそろそろ出ようと思っていたが、隣の男との話が始まりそうになったため私はまだ居座ることにした。既に酔ってきている自覚はある。しかし男に合わせるならば、さらに飲まなくてはならない。

酒のせいか男との会話はかなり楽しく感じた。男は決して饒舌ではないのだが、話していてどこか心地いい。私はもう何を話しているのかの自覚もないまま口を回し続けた。そして気付いたら、男に連れられてホテルに泊まっていた。

やってしまったと気付いたのは翌朝目覚めてからだった。男は既に出ており、部屋には私一人しかいなかった。慌てて財布を確認するが中身は減っていない。船を出た時と変わらないのだから、パブでの料金は男が払ってくれたのだろう。ひとまず安心しつつも、私は激しい後悔に襲われた。私は指名手配犯である前に、麦わらの一味のクルーだ。私の軽率な行動が仲間に迷惑をかけかねない。もし先程の男が海軍だったらどうするのだろう。

男の顔を思い出そうとするも、靄がかかった顔しか思い出せなかった。パブではカウンター席だったし、男がずっと前を向きながら話していたため私も男の方を見ることはなかった。ホテルに着いてからは……この様子では確実にセックスをしたのだろうが、それでも顔は覚えていない。自分に呆れてしまうが、もう会うことはないだろうと私は足早にホテルを後にした。


その二年後のことだった。ルフィが海賊同盟をすると言い出し、トラファルガー・ローを連れてきたのは。

「あ〜っ!」

私は思わず叫びながら指を刺す。今、あの靄がようやく晴れた気がする。思い出せるようで思い出せなかったあの日の男の顔は、トラファルガー・ローだったのだ。

「どうしたのよ」
「だってこの男……」

私は言いかけて慌てて口を噤む。今はそういった事に疎いルフィやチョッパーもいるのだ。この場で言うのは吉ではない。かといってナミやロビンにもシャボンディ諸島で一夜を共にしたとは言いたくないけれど。ゾロなどは出て行く時と帰ってきた時の私の様子で何があったのか見抜いていそうだ。

同時にトラファルガー・ローが鋭い眼光でこちらを射抜くのが分かった。当時は七武海ではなかったとはいえ、私は一体何という人と寝てしまったのだろう。ルフィと同じ最悪の世代など私が束になっても敵う相手ではない。つくづくあの時何もされないでよかったと思いながら、私は必死でその場を誤魔化した。


海軍に悪の科学者に七武海と、パンクハザードは大変なことになった。これからはトラファルガー・ローのおかげでもっと大変な事態に巻き込まれる。人がいないのを確認してから、私はそっとトラファルガー・ローの隣に寄った。

恐らくトラファルガー・ローも私を認識しているものの、気まずい沈黙が続く。それはそうだ。誰だって一夜の相手と再会したくはない。すると、トラファルガー・ローが先に口を開いた。

「覚えていなかったのか」
「あの時は酔ってたし……それに、一晩の相手なんていちいち覚えてないよ」

私が海に向かって呟くと、トラファルガー・ローが再び私を睨んだ。

「な、アンタは全員覚えてるってわけ?」

医者らしいし、頭はいいのだから抱いた女は全員覚えているのだろうか。頭と顔の良さを武器に各地で女を抱いているだろうに、それら全て記憶しているなど凄まじい記憶力だ。七武海ともなれば、寄ってくる女は後を立たないだろう。距離を取りながらトラファルガー・ローを見ると、トラファルガーは帽子を被り直してその場を去った。

「おれをお前と一緒にするな」

それは寝た相手を忘れないという意味なのだろうか。それとも、一晩の相手を作るほど遊び歩いていないということなのだろうか。しばらく経ってから、自分で考えておいても後者はないだろうなと思い直して私も甲板を去った。どれだけ気まずい同盟生活が始まることかと思ったが、案外やっていけそうだ。この時の私は、後で今までのコミュニケーション不足を嘆くことになるなど知りもしないのだった。