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 仕事でミスをしたと言ったら、佐久早が飲みに誘ってくれた。それだけではなく勘定は佐久早が全て持つと言う。調子を良くした私はペースを気にせず飲み続けた。普段は呆れた目で私を見ている佐久早も、今日は酒を勧める。酩酊する意識の中で、いい友達を持ったものだと思った。異性と二人で飲むなど、何か下心があるのではないかと疑った自分が馬鹿らしい。佐久早はそんなつもりなどなかったのだ。そもそも、潔癖の佐久早が性的なことをすぐにできるのかすら怪しい。

 段々と瞼が重くなり、私が覚えているのは佐久早の背中に揺られているところだった。このまま私の家まで送って行ってくれるのだろうか。だとしたら悪いことをした。今度何かお礼をしよう。

 その今度は、予想より早くやってきた。翌朝目が覚めると、佐久早は私の部屋にいたのだ。私は思わず自分の服を確認した。少しも乱れていないし、昨日の服のままだ。佐久早とは何もなかった。安堵してから、私の酔いようが酷かったから佐久早が部屋に残ってくれていたのだろうと結論づけた。

「佐久早、迷惑かけてごめん。送ってくれてありがとう」
「別に。それじゃあ俺帰るから」

 どうやら本当に私が心配で残ってくれていたらしい。佐久早はテーブルの上の紙を一枚取ると立ち上がった。一瞬だけその文字が見えて、私は思わず大声を出す。

「待って、それ何!?」
「何って、婚姻届」

 佐久早は私の目の前に掲げてみせた。どう考えても本物のそれには、佐久早のと私のがある。いつ書いたのだろうか、私のは私の筆跡で間違いない。少し考えた後、書いたとしたら酔っ払っていた間に違いないと辿り着いた。

「酔っ払わせて書かせたってこと!?」
「お前結構ノリノリだったぞ」

 昨晩の自分が恨めしくなる。佐久早は冗談でこういうことをしない。佐久早は本当に私と結婚するつもりなのだ。

「それにしても、酔わせたなら抱くとか他になんかあったでしょ! 何で婚姻届なの!」
「一回抱いたところでどうなるんだよ。サインさせた方が早い」

 本気だ。本気で籍を入れる気だ。私は必死になって問答を繰り返し、なんとか「まずはお付き合いから」というところに落とすことができた。佐久早のことなど何とも思っていなかったはずなのに、自分から交際にこじつけようとするのが何とも奇妙である。付き合う約束をしたからと婚姻届を取り上げようとすると、「浮気とかしたらその瞬間に出すから」としまわれてしまった。