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 私は帰宅すると、機械的に夕食をとり風呂に入った。北家に嫁いで仕事は辞めたとはいえ、代わりに始まったのは田舎のご近所付き合いである。今日は家の前の草取りをするついでに隣の家の前の草まで取ってしまった。慣れない作業をしたからだろうか、全身が酷く痛む。これは筋肉痛コースだろうと思いながら私は床についた。体は疲れているのに眠気が訪れるのは遅く、無為に痛みと闘う時間が過ぎて行く。早く眠れないかと目を閉じていると、控えめに襖が開かれる音がした。

「名前」

 我が夫、信介だ。未だに名前を呼び捨てにするのは抵抗があるが同じ苗字になってしまった以上仕方ない。薄目を開けると信介は私の隣に座って私を見下ろした。

「今日、せん?」

 お誘いだ。私は思わず低い声を出したくなる。まさかあの北さんが、世間一般の恋人のように可愛らしく夜のお誘いをするとは思わなかった。受けたい気持ちはやまやまであるが、今日の私にその元気はない。「ごめん、今日は無理」と溢すと、信介は私の頭にそっと手を置いた。

「体調悪いん?」
「今日、草取りしたから疲れてもうた」
「そか」

 これで信介も納得して引き下がってくれることだろう。今度こそ寝ようと私が目を閉じた時、足の裏に突然何かが触れた。

「わっ!?」
「足パンパンやろ、うつ伏せになってみ」

 信介は私にマッサージをしてくれようというのだ。言われた通りうつ伏せになると、信介の手が私のふくらはぎや太ももに触れた。疲労した足に心地よい刺激が訪れる。私は信介の親切を有り難く享受した。流石農家仕事をしているだけありツボを知っている。最初は癒し効果しかなかった信介の手が、段々太ももの上際に触れた。

 信介はお誘いをしているのではなく、マッサージのためにしているのだとわかっている。しかし、やられている側としては、太ももの付け根や尻の辺りを触られては意識せざるを得ないのだ。体の奥にじりじりと火がつくのがわかる。信介は清々しい声色で、「ほな、終わりや」と言った。

「……ありがと」

 信介はこのまま寝るつもりなのだろう。疲れている妻に奉公し、いい気分に違いない。だが私はどうだろう。一度断った身でありながらそういう気分にさせられてしまい、自分で言い出すのも恥ずかしいところである。

 信介をじっと見ていると、信介は目を丸くしてこちらを見た。

「どした? 気持ちようなかった?」
「気持ちよかった……から、もっとやってほしい」

 私がなんとか言葉を絞り出すと、信介は甘えられて嬉しいとでも言うような表情で私の足元に構えた。私は体を仰向けにしながら「ちゃう」と言う。

「足やなくて、カラダにしてほしい」

 信介には伝わっただろうか。これが私の精一杯のお誘いだ。信介は目を瞬いた後、私の顔の横に手をついた。

「求められるんは嬉しいなぁ」

 恥ずかしかったけれど、信介のこの表情を見られるならばたまには自分から誘うのも悪くない。私は内股を擦り合わせた。