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 佐久早聖臣は、入学当初から既に有名だった。目を引く長身に、物憂げな雰囲気。聞いてみればインターハイ優勝経験もあると言う。学部の者はどこか遠巻きに、しかし佐久早君と仲良くなりたいという下心を持っていたが、佐久早君は面倒くさそうにあしらうだけだった。一月も経てばみんなの佐久早君への興味は薄れた。代わりに、佐久早君が実は結構な変わり者であるという事実が明らかになった。

 常に携帯している消毒液とコロコロ。頑なに回し飲みを拒否する姿勢。佐久早君は別の意味で有名になっていった。その頃にはもう、野次馬根性で佐久早君に近付こうとする者はいなかった。唯一の例外と言えば、入学当初から佐久早君への好意を隠そうとしない私くらいだろう。

「ねえ、佐久早君ってどこまでできるの?」
「何が」

 興味本位に尋ねてみると、佐久早君は視線を向けないまま答えてくれた。あからさまに好意を向けられるのは迷惑だと言わんばかりの態度だが、話しかければ毎度返してくれるのだ。

「ほら、恋愛のこととか」

 私がそう続けると、佐久早君は嫌そうな表情を作る。

「佐久早君って潔癖だし将来のこともあるでしょ? 全然飲み会とか来ないけど、一晩の過ちからお付き合いに発展するとかあるの?」

 これは興味と実益を兼ねた質問だった。純粋に佐久早君がどこまで潔癖なのか知りたかったし、できると答えられたのであれば私も同じ作戦で攻めることができる。

 佐久早君は潔癖で、男女のことをしている様子がまるで想像できない。さらには将来プロバレーボーラーを見据えているというのだから、身の振り方にも気を付けていることだろう。大学生らしからぬ大学生、佐久早聖臣はどこまで浮ついたことができるのか。佐久早君は長いため息を吐いた後、私を睨むように見た。

「無理。俺をその辺の奴らと一緒にするな」
「そっかぁ……」

 これで佐久早君を飲み会帰りに持ち帰って付き合うという計画は破綻した。しかし酔えばまだチャンスがあるのではないかと私が諦めていない様子を察したのだろう。佐久早君は追い討ちをかけるかのように言った。

「言っとくけど、お前でも無理だからな」

 佐久早君はそのまま去って行ってしまう。残された私は一人茫然としていた。今の言い方では、私がまるで佐久早君の特別であるかのように感じてしまう。佐久早君は私のことをどう思っているのだろうか。思わぬ僥倖に、私は今すぐ走り出したいような気持ちになった。