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 プロポーズとは必ずしも劇的でなければならないとは限らない。現に、フラッシュモブを嫌う女性は多い。だが少なからず記憶に残るような、サプライズ要素を入れたものにしたいものである。

 指輪を用意した侑は、隣で寝ている名前の指にそっと嵌めた。名前が起きて指輪に気付けばサプライズプロポーズ成功、というわけだ。名前は疲れからかぐっすり眠っている。朝の支度をする中で手を見る機会は存分にあると思うので、名前は涙を堪えて仕事に行くことになるだろう。

 束の間の優越感を味わっている内にアラームが鳴る時間になったので、侑は目を閉じて布団に潜り込んだ。侑も気付かないふりをしなくてはいけない。規則的な電子音が鳴り、名前がそれを止める。侑は普段の寝起きの悪さを演じつつやや早めに起きて、改めて名前の指を確認した。左手の薬湯に侑の証が残っている。アラームは右手で止めたようだが、きっとすぐに気付くだろう。

 侑はできるだけ名前を視界に入れて朝の支度をした。あまりにも名前にくっついて、しかも何かを企んでいるような笑みを湛えているものだから名前に怪しまれてしまう始末だ。だがすぐにその意味がわかることだろう。

 顔を洗い、朝食を取り、身支度を整えた。待てども待てども、名前は指輪に気付かない。こうなると侑にも焦りが生まれてくる。名前がサプライズに気付く瞬間には居合わせたいものである。会社で一人気付かれてもロマンスに欠ける。侑はそれとなく話題を振ることにした。

「今日、なんか気付かへん?」

 いきなりおかしいだろうか。名前は振り向くと、怪しむように目を細めた。

「私が寝てる間にしたんとちゃうやろな」
「それはちゃうわ!」

 名前が寝てる間に襲ったという不名誉な疑いをかけられるのは心外だが、前科があるので仕方ない。侑が必死に否定すると、名前は腕組みしてみせた。

「『それは』ってことは何かあるんやな」

 今のところ悪いように考えられているが、何かあるという点では間違っていない。そのまま気付け、という思いに任せて侑は言葉を探す。

「お前指太うなった?」
「太ったって言いたいんか?」

 指に意識を持っていくはずが、機嫌を損ねてしまったようである。侑はまた口を開く。

「俺の手に手重ねてみ?」

 そう言って手を伸ばすと、名前は恐る恐るといった様子で手を重ねた。侑より一回り小さい手には、シルバーの指輪が輝いていた。名前はようやく気付いたのか息を呑み、右手を口に当てる。

「それなら早く言えやアホ!」

 悪態をつきながらもその声は震えている。ようやく成功したサプライズも、侑らしいものになったかもしれない。