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 七月七日当日、井闥山高校の昇降口には大きな笹の枝葉が飾られていた。留学生が多数在籍することもあり、井闥山高校は文化交流に重きを置いている。誰もが横を通り過ぎて靴を履き替える中、一人の人物が笹の葉を掴んだ。佐久早だ。佐久早は大量に吊るされた短冊の中から、お目当てのものを見つけたらしかった。

「……これ」

 私が近寄ったのを確認してから佐久早は呟く。佐久早が手にしているのは、私が書いた短冊だった。この夥しい数の中から佐久早は字だけで私のものを識別したのだろうか。期待を込めて尋ねてみても「いかにもアホらしい願い事だから」と一蹴されてしまいそうで、私は諦めて開き直った。

「あ、バレた? 神様に願ってみた!」

 桃色の短冊には、「好きな人と両思いになれますように」と書かれている。佐久早は願い事をしたのだろうか。佐久早のことだから、神に願うなど馬鹿馬鹿しいと思っているかもしれないけれど。

「神様じゃなくて織姫と彦星だろ。つーか願うなら俺にしろ」
「え、何で?」

 佐久早の言っている意味がわからずに聞き返すと、佐久早は至って真剣な表情で私に向き直った。

「織姫と彦星が何をしてくれるんだよ。その点俺はお前に色々してやれる」
「色々って何?」
「願ってみないとわからない」

 佐久早はこう見えて、意外とノリがいいところがある。七夕というイベントに乗じて遂に私に施しをする気になったのだろうか。佐久早の気が変わらない内に私は急いで願い事を考えた。

「佐久早様、私に佐久早からの優しい言葉をください!」

 神様に祈るように手を組んで佐久早を見上げる。佐久早はたっぷりと間を空けた後、呆れたように呟いた。

「普通そこは私の願いを叶えてくださいって言うところじゃねぇの」

 佐久早が何を言っているか遅れて理解する。私の願いとは佐久早と両思いになることだ。佐久早はこの機に乗じて告白しろと言いたいのだろう。七夕にかこつけて、私に振り向いてやる気持ちが佐久早にもあったのかもしれない。

「あ、もしかして佐久早どさくさに紛れて付き合おうとしてた!? ごめん、今やり直すから!」
「もういい。雰囲気台無しだ」
「ごめんって〜!」

 今更縋り付いてももう遅い。私は佐久早の背を追いかけながら、「クリスマスには何とか!」と乞う。すると佐久早は前を向いたまま「それまで待てない」と言った。今まで知らなかったが、佐久早は結構私のことを好きなのではないだろうか。それでも自分から告白しないあたりが何とも佐久早らしい。私は脳内で必死にイベントを探した。