▼ ▲ ▼


 佐久早君と恋愛の話になったのは偶然だった。同じ学部に入ったとはいえ、佐久早君と私は二人でプライベートな話をするような仲ではなかったのだ。ただ飲み会で同席した友人が浮いた話を好いていたゆえに、私は高校時代の恋愛について話すことになった。

「高三の時は、背の高い人と付き合ってたかな」

 本来ならば、ここまでに留めておくべきだった。だが友人が根掘り葉掘り聞くせいで、私はかつての恋人が一九〇センチ近くあったこと、バレーボールで全国に出場したこと、母校の白鳥沢学園の生徒であったことも話してしまったのだ。あまり共通点の多い話をすると、佐久早君の反応を試しているようになる。案の定友人は期待を込めた瞳で佐久早君を見ていた。だが佐久早君は度数の低い酒を適当に煽るだけだった。

 正直、安心した。牛島君と付き合っていたことを知られたせいで佐久早君と妙な雰囲気になりたくなかったのだ。佐久早君とは特別仲良くなりたいとも思わないが、変な目で見られても困る。同じ大会に出場したといえど、佐久早と牛島君に関わりはなかったのだろう。話はすぐに別の友人の恋愛へと流れ、私は胸を撫で下ろすような気持ちでサワーを飲んだ。この日は全く酔えなかった。

 だからこそ、頭に警鐘が流れるのだ。この状況はおかしいと。友人達と解散した後、人気のない方へ私を連れ込んだ佐久早君の表情を見て、私は息を呑んだ。

「若利君と付き合ってたってほんと」

 佐久早君の息がダイレクトにかかる。壁と佐久早君の間に追い詰められ、私は動くことすらままならなかった。佐久早君の足が股に食い込む。外でマスクをしていない佐久早君を見るのは久しぶりだと頭の隅で現実逃避をしていた。

「佐久早君、酔ってる? おかしいよ」
「酔ってない。いいから質問に答えて」

 私達の関係は至って簡潔なものだったはずである。佐久早君も私も恋愛感情はない。現に、佐久早君はこの状況に全く興奮の色が見えない。ならば何故私を追い詰めるような真似をするのか、私は理解できなかった。

「付き合ってた、けどそれが何になるの」

 私の質問には答えず、佐久早君は顔を近付ける。必死の思いで佐久早君の顔を捕らえると、佐久早君は至近距離のまま喋った。

「苗字が欲しくなった」

 佐久早君は私を好きではないというのに、一体何の変化があったのだろうか。考えられるのは、私が牛島君と付き合っていたと言ったことである。牛島君と佐久早君が疎遠だという私の予想は甘かったのだ。少なからず、佐久早君は牛島君に感情を抱いている。ただの元カノを女として見てしまうくらいには。佐久早君が興味あるのは私ではなく牛島君なのだと、私はひしひしと感じさせられた。

「若利君とはどんなキスしてたの」

 教えて。言葉の尻を飲み込むように唇が触れ合う。佐久早君の舌に絡まれながら、お互いに好きではない人とするキスはこんな味がするのだと考えていた。