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 差し入れを遠慮したいと言っても、従ってくれるのは一部の理解のあるファンだけである。その他大勢はタオルだの帽子だの、果てには手作りと思われる食品まで贈る始末だ。流石に飲食物はスタッフが捌くが、残りは全て佐久早の元に渡される。いかにも怪しいぬいぐるみも含めて、だ。

 佐久早は自室に帰って困り果てた。ぬいぐるみは押すとすぐに機械らしき硬い感触がする。盗聴器の類が仕掛けられているのは明らかだ。スタッフに返すにも今までに同じことをやりすぎたせいで禁止令が出てしまったし、ロッカールームに置いておくにはお気に入りだと思われそうで嫌だ。持って帰ってきたのは、佐久早が自分のマンションのセキュリティを信頼しているからだ。万一押しかけられるようなことがあれば、それこそ大義名分を持って厄介なファンを吊し上げられる。発信器であればいいが、盗聴器であればどうしたものか。考え込んでいる内に、スマートフォンの通知が鳴った。それは恋人である名前が今から来てもいいかと尋ねるものだった。ぬいぐるみを処理できていない手前断ろうとしたが、佐久早はあることを思いつく。名前の存在を匂わせれば、こういった厄介なファンは自然と離れていくのではないか。

「お邪魔しまーす……」

 佐久早がドアを開けると、名前はいつもの調子で部屋に入ってきた。だが佐久早はすぐにドアを閉め、ぬいぐるみを玄関の戸棚に置く。

「ただいまだろ」
「え? た、ただいま?」

 名前の口調は戸惑っているようであるがこれでいい。少なくとも佐久早には、同棲している異性がいるように思わせられたのである。

「職場の人にもらったお裾分けなんだけど――」

 名前の言葉を無視して、佐久早は名前に口付けた。名前は棒立ちのままキスを享受していたが、やがて耐えられなくなったように膝を曲げた。

「っは、どうしたの」
「愛してる……」
「は?」

 名前は鳩が豆鉄砲を食ったような表情になった。佐久早は出会い頭に深いキスをするような男でもなければ、頻繁に自分の気持ちを告げるような男でもない。ましてや「愛している」など、言葉にしたのは今回が初めてだ。

「あの、聖臣どうしたの? 何か変なもの――」

 名前が雰囲気を壊すようなことを言う前に、佐久早は名前の体を触って愛を囁いた。

「世界で一番愛してる、俺だけの名前、一生離さない……」

 歯が浮いてしまうような台詞だという自覚はあった。だがファンを離すための演技のはずでも、やっていると段々その気になってしまうものである。その証拠に、佐久早は名前の体を撫で回していた。ぬいぐるみが盗聴器なら、佐久早が何をしようと見ることはできない。佐久早は盗聴器のおかげで名前を愛でるモードに入ってしまったのである。

「我慢できない……」

 今度呟いた言葉は本心だった。名前の手を引いてベッドに連れ込み、寝室のドアを固く閉める。寝室の声は玄関まで聞こえないことだろう。昂る頭の奥で、佐久早は事が終わった後のことを考えた。柄にもないことを言ったのは、全て盗聴器のせいだと言えばいい。だから今日は、普段言えないことを目一杯浴びせてやろう。

 相変わらず訳の分からない顔をしている名前に、佐久早は口元を緩めて覆い被さった。