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※何でも許せる方向け

「私とセックスしてくれないかな」

 唐突に呼び出された古森君は、丸い眉を上げてみせた。

 発端は聖臣と付き合い始めたことである。聖臣は見かけによらず、愛を率直に表現する人だった。独占欲を隠そうともしないし、体にも触れたがる。本人曰く、「今まで我慢してたんだからいいだろ」ということらしい。だが性的な触れ合いとなると、聖臣は途端に嫌がるのだ。

「名前ちゃんには綺麗なままでいてほしい。名前ちゃんにあんな汚いものが入るなんて耐えられない」

 聖臣は私を神格化しているきらいがあった。私は偶像でもないただの人間なのだが、聖臣にとっては汚したくないものなのだという。それがどう作用するかというと、付き合って一年も経つのにお互いに童貞と処女のままでいるということだ。周囲の恋人達は着々と大人の階段を上っており、私達だけが置いて行かれるようだった。女友達との話の場で、私はいつも適当に話を合わせていた。正直に言って、聖臣の異常性を認められたくもない。私達の体は綺麗なまま、時間だけが過ぎて行った。

 聖臣はそれでよくても、私はよくない。人並みの経験がしたいと思うのが女である。私は聖臣を誘ってみたり、痺れを切らして正直に話したり、やれるだけのことはやった。だが聖臣は頑なにキス以上のことをしようとしなかった。

 聖臣を見放したと言えばそれまでだが、私は「聖臣と」セックスをすることを諦めた。聖臣の凝り固まった思考概念を今更崩せるとは思わない。女友達の話に乗りたいならば、誰か適当な人をあてがえばいいのだ。

 白羽の矢が立ったのは古森君だった。彼は聖臣の従兄弟で同じ部活にも所属している、本来一番危険な人物のはずだが、事情を察してスムーズに導いてくれるだけの器用さがあるように見えた。器用な男は他にもいたのだが、皆話しかける勇気が出なかったのだ。その親しみやすさから従兄弟を裏切るはめになった古森君は、予想外にも渋る表情を浮かべた。

「状況は大体わかったけど、俺処女は抱かない主義なんだよね」

 古森君ならばこの奇妙な状況を理解してくれるという予想は当たっていた。だが彼は予想よりずっと女慣れしていたのだ。いいように働くはずだが、処女の私とはつり合いがとれなかった。私は古森君に本気で頼み込み、数分の押し合いの末に一回のチャンスを貰った。指定場所は人が来ないという教室だった。

「初めてだから痛いと思うけど、まあ頑張ってね?」

 その言葉通り破瓜の痛みは著しいものだった。世間一般の女の子は、この痛みを心許せる人と手を握り合って乗り越えているのだろう。だが私の上にいるのは処女嫌いの古森君だ。私は歯を食いしばって痛みに耐えた。事が終わっても、しばらく放心していた。

 流石は慣れているだけあり、古森君はまるで何事もなかったかのように過ごした。意識している私が馬鹿みたいだ。古森君と深く関わるのは今回が初めてだったが、もう二度と関わることもないだろう。そう思っていた時、古森君と目が合った。途端に私は身構える。古森君は今、聖臣を連れている。普段と違う雰囲気を出したら聖臣に察されてしまうのではないだろうか。

 古森君は私の前で気まずい雰囲気を出すことはなかったが、代わりに聖臣に話しかけた。

「そういや俺この間苗字さんとヤったんだよ。お前手出してなかったのな」

 私は絶望して地面を見た。よりによって、彼氏にそれを言うだろうか。古森君と聖臣は部活でも関わるはずだ。古森君は聖臣との人間関係を捨てる気なのだろうか。私の頭に、聖臣の言葉が降り注ぐ。

「そうなのか? よかった。俺が名前ちゃんとやるのは耐えられないけど、お前なら信頼できる。名前ちゃんと古森がしてれば、俺らは三人で一つだ」

 私は信じられない気持ちで聖臣を見上げた。聖臣は、彼女を寝取られたことがどうでもいいのだろうか? 相手が古森君ならば揉めると思っていたのに、古森君だからこそ受け入れている。いや、喜んでいる様子すらある。聖臣が狂っているのは私に対してだけではなかったのだ。聖臣は古森君に対しても狂っていて、この関係を続けようとしている。二人の笑い声が私の頭に虚しく響いた。