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「牛島さん! 絶対にエースの座を奪ってみせます!」

 男子バレー部がミーティングをしている部屋の前を通ると元気な声が聞こえてきた。思わず私は苦笑いをこぼす。この声は一年にして唯一のスターティングメンバ―、五色君のものだろう。牛島君の追っかけをしている内に、すっかりバレー部について詳しくなってしまった。

 そのまま通り過ぎようとした時、ドアのガラス越しに天童君と目が合う。嫌な予感がする。

「じゃあ工は名前ちゃんのことも奪うの?」
「は、はい!」

 やはり面倒なことになってしまった。五色君は何でも牛島君と張り合う節がある。人間関係の面でも牛島君に勝とうとしているのだろう。

 だが私は牛島君の彼女でも何でもない。同じクラスにすらなったことがないのだ。ただ牛島君の試合を観て好きになって、追いかけている内に「牛島君の」ファンとして認識されるようになった。私が一方的に憧れているだけで私は牛島君の所有物でも何でもない。私が訂正しようとした時、部屋の中から低い声が聞こえてきた。

「苗字は俺のだ」

 咄嗟に足を止めて顔を覆う。牛島くんに好意が知られているのは知っていた。しつこい追っかけ、くらいに思われていると思っていたのだ。だが牛島君は私を自分のものだと思っていたのだろうか。部屋の壁に背中をつけ私は脱力する。

「わかりませんよ! 俺は年上の女性からよくカワイイって言われます!」
「苗字は俺が好きだが?」

 普段五色君を相手にしない牛島君が、私のことで張り合うなど思ってもみなかった。部屋の中の空気など気にせずに浮かれていると、呆れた様子で天童君が出てきた。

「ちょっと名前ちゃん、少女漫画みたいになってんだけど。なんとかしてよ」

 なんとかと言われても、私が行ったところで余計事態を悪化させるだけだろう。そもそも天童君が撒いた種ではないか。私は気持ちを落ち着かせながら「なんとかって?」と問う。すると天童君は私に近寄って囁いた。

「そんなの、好きだと思う方の頬っぺたにちゅってすればいいんだよ」

 私は天童君から距離を取り、両手を突き出して言った。

「牛島君にキスとか、恐れ多すぎるから!」
「あ、若利君なんだね。知ってたけど」

 室内の声はまだ止まない。このまま放置していたら、私は牛島君と付き合っていることになるだろうか。