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「俺苗字さんのこと好きやねん。付き合ってほしい」

 四方八方から歓喜の声が聞こえる。周りを囲っている誰もが盛り上がる中、私は狼狽した顔を隠そうと手で覆った。

 始まりは一ヶ月程前のことである。私は治君を体育館裏に呼び出し、告白した。治君は振る時でも真摯なイメージがあったけれど、現実では面倒くさそうに頭を掻くのみだった。

「迷惑やった……かな」

 私の視線が下を向く。私の様子に気付いたらしい治君が、「ちゃうねん」と話し出した。

「俺賭けで負けて文化祭で苗字さんに告白することになっとるから、今告られたら困んねん」
「は……?」

 賭け、告白。想像していなかった言葉が並ぶ。混乱する中、なんとか私は言葉を捻り出した。

「告白って、何で私に」
「そら好きやからやろ」

 あまりにも大事なことを簡単に言ってしまうので私は呆気に取られた。ひとまず、罰ゲームとしての告白ではなかったようで安堵した。

「文化祭の後夜祭で苗字さんに告白するから、その時まで知らんフリしてくれん? あいつら俺の告白を成功させようってめっちゃ期待してんねん」

 生きていて告白を予告されることがあるだろうか。とりあえず私は、治君が私を好きだという強烈な事実を文化祭まで忘れなくてはいけないらしい。

「あと俺のことを好きなんも隠してな。苗字さん結構わかりやすいから」

 え、と思わず声が出る。治君には、告白する前から私の気持ちがバレていたらしい。治君の公開告白を劇的にするためにも、私は治君のことを好いていない設定でいなくてはならないのだろう。

「ほなよろしく」

 治君はそれだけ言って去ってしまう。残された私は、体中の血が沸き立つような気持ちでこの一ヶ月を過ごしてきた。

 そしていざ告白されてみればこのギャラリーである。治君が人気なのは知っていたが、ここまでとは思っていなかった。大勢の前で私はきちんと演技をできるだろうか。とりあえず私は手を忙しなく弄り、「いいよ」と返事をした。私の声は片言だっただろうが、緊張のせいだと思ってくれるだろう。

 観客からまた歓声が上がり、治君は片腕を上げてみせる。どこからかキスしろという声が上がり、やがてコールに変わった。治君が私の肩を掴む。

「本当にせんよな? 演技やんな?」

 治君は数センチの距離で一度止まると、私に囁いた。

「俺の気持ちは本物やで」

 唇に柔らかい感覚がしてすぐに離れる。この一ヶ月間といい、治君には恥ずかしい思いをさせられてばかりだ。