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「十年経っても好きでいたら本命にしてくれる?」

 それは十七歳だった名前の密やかな祈りだった。若さゆえの強さすらある高校生という身になっても、十年が長い期間だということはわかる。侑が同じ彼女と一年以上付き合い続けたことはない。言う前から、名前はそれが不可能に近い問いかけであるとわかっていたのだ。

「どやろなぁ」

 案の定侑は曖昧に濁すだけだった。自分のものに餌をあげる性格でもなければ、無理だと言葉にして手持ちの女を手放す気もない。いかにも侑らしい言葉だった。名前は十年経ってもこの約束を覚えているだろうが、侑は明日にでも忘れてしまうのだろう。そんな気持ちで名前はベッドの奥へ潜り込んだ。


 会わないと思っている人ほど会ってしまうものである。高校卒業後上京した名前は、今までとは違う面子で日々を過ごした。帰省した時にではなく街中で、高校の同級生と出会すなど思ってもみなかった。名前は特徴的な金髪を見てから、彼が三年間思いを寄せた宮侑であることを思い出した。

「久しぶりやなぁ」
「おん……元気しとったか」

 名前と侑は所詮体だけの関係であったはずなのに侑はどこか居心地が悪そうにしている。これでは元恋人のようだ。名前が笑いながら侑を突くと、侑は重い口を開いた。

「約束、覚えとるか」
「約束?」
「十年経っても俺のことを好きやったらってやつ」

 名前は今思い出したかのように、視線を斜め上に向けて「あったなぁそんなこと」と言った。

「何忘れとんねん! 約束やぞ」
「せやけどもう十年経っとるやん?」
「だからこそやろ! お前の方から言ったんやろが!」

 気付けば侑は大声を出しており、道ゆく人々が時折二人の方を見ていた。名前は気にしていない様子で、侑は周囲の状況を気にかける余裕はないようだった。

「忘れちゃった」

 可愛く笑ってみせた名前に関西人らしい罵り文句を浴びせようとして思いとどまる。ここは東京だ。それに何故侑ばかり憤って名前はけろりとしているのだろう。これでは当時とまるで逆ではないか。

「アホか! 何で俺が必死やねん! 俺に必死で尻尾振るんはお前の方やろが!」

 できるだけ自分を落ち着けて独り言のように言うと、名前の細められた瞳が侑を捉えた。

「ちゃんと首輪はめて飼ってもらったことなんかなかったし」

 ぐうの音も出ない、とはこのことを言うのだろう。名前を都合のいい女扱いしていた侑は言い返す言葉もなかった。名前は徐にベンチから立ち上がる。

「私が十年経っても好きでいたら、やなくて十年前から侑が素直になってたら、の間違いやったな」

 侑は何も言えないまま名前が去っていくさまを見ていた。侑に言われるがまま、侑の言うことは何でもしていた名前が、侑の弱みをずばりと言い当ててみせたのである。名前はこうも賢く立ち回りの上手い女だっただろうか。いや、きっと東京が名前をそうさせたのだ。当時との差に埋められない時間の大きさを思い知って、侑にとって名前は遠い人になった。