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「決めた、この試合北が勝ったら告白する」

 試合前日、仁王立ちで立ち塞がる名前にアランが冷静に突っ込みを入れた。

「いやお前がするんかい」

 試合で勝ったら付き合って、とは試合に出る側の常套句だ。名前は試合にも出なければバレー部でもない。試合には全く関係ないのだ。さらに名前の気持ちは既にバレー部の大勢が知るところだった。名前が北に好きだと言ったところで今更だというのが正直な心情である。違いは後に「付き合ってください」が続くくらいだろう。北は突っ込みを全てアランに任せた様子で、「ほな頑張れ」と冷静に言った。

「それもお前が言うんかい!」

 普通頑張れと言うのは試合に出ない方だろう。アランの丁寧な突っ込みを聞き流し、北は体育館を去る。

「普通本人に言うか? ていうかあそこまで言ったら負けても同じやろ」

 北の背中にアランが小言をこぼすと、北は一瞬立ち止まった。

「でもそれが負けてええ理由にはならんよな」
「お、おお」

 アランは思わず気圧される。今のが主将としての言葉だとはわかっている。だが、別の意味も含んでいるような気がしたのだ。希望的観測だろうかと思ったところで、アランは自分が名前を応援したいと思っていることに気が付いた。


 インターハイで二位を獲っただけあり、稲荷崎高校にかかる期待は相当なものだった。名前も、稲荷崎なら緒戦突破は確実だろうと踏んで告白を決めたのかもしれない。だが現実は残酷だった。緒戦敗退、それが北の代の稲荷崎の最後の結果だ。

 誰もが気まずそうな顔をして慰めの言葉をかけていった。どれも選手達には届かない。届かないとわかっていてかける方も虚しいだろうと思うから、その気持ちだけは有り難く受け取っておく。

 宿舎に戻ろうかという頃、稲荷崎高校の前に一人の人物が立ちはだかった。名前だ。北は今になって負けたことを申し訳ないと思うようになった。

「すまんな、負けてもうた」

 その言葉が終わるか終わらないかという頃だろうか。名前は大声で叫び出した。

「好きやーー!」

 突然の咆哮に目を丸くする稲荷崎の中で、アランだけがかろうじて冷静だった。

「いや結局言うんかい」

 勝ったら告白する、という約束をしていたはずである。名前の性格を考えれば約束などないに等しいかもしれないが。

「好きな人のあんな一生懸命な姿見て私が一生懸命にならへんわけないやろ」

 堂々と言ってのけた名前を見て、北がゆっくりと瞬きをする。その瞳には名前の姿がありありと映し出されていた。

「お前のそういうとこ好きやで」

 北は独り言のように言って名前の横を通り過ぎる。後ろから「北! その好きはどっちや!」という声がしたが無視だ。兵庫に帰ったら、北はまず名前に何と言おうか。