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「影山君って彼女いないの?」

 尋ねた理由は単なる興味だった。頭の出来を除けば、影山君はモテる要素を備えていると言っていい。スポーツができて、クールで、顔も整っている。隣の席とはいえ親しいわけではないので怪訝な顔をされるかとも思ったが、意外にも影山君は平然としていた。

「文化祭頃にはできます」

 いる、いないではなくいつできるかの予測もしてしまうのだ。恋愛に無頓着であるように見えて、影山君は恋愛上級者なのだと思った。私の知らない内に沢山の可愛い女の子と付き合ってきたのだろう。今はいなくても、文化祭の時期になれば浮かれた女の子が一人は告白してくる。影山君はそう確信しているのだ。私は身を引きながら適当に返事をして会話を終わらせた。影山君は何事もなかったかのように課題プリントに戻っていた。

 結論から言えば、当時の私の認識は間違っていたのだ。影山君は告白されることを想定していたのではない。告白することを決意していたのだ。そして、その相手は私だった。驚いて声も出ない私の前で、影山君はキャンプファイアーの炎に揺られながら立っていた。

「文化祭頃にできる彼女って、私のことだったの」
「はい。一年の頃からずっと好きだったので」

 またもや誤算だ。影山君は可愛い女の子を取っ替え引っ替えしていたのではない。半年以上私に片思いをしていたのだ。

「ていうか『彼女ができる予定』っておかしくない? 私はオーケーする前提なの?」

 影山君が自信家なのは知っていたが、それは得意とするバレーだけの話だと思っていた。だが影山君は真剣な表情で返した。

「苗字さんなら頷いてくれるかなって」

 そのあまりの自信に思わず振りたくなってしまう。影山君が女慣れしているなど嘘だ。影山君は恋愛を、女の子のことを何もわかっていない。普通告白は相手に問いかける形でするのだ。万一振られた時のことを考えたら彼女ができる予定だなどと他の人に言うべきではない。言いたいことは山程あるのに、不思議と出てくる言葉は一つだった。

「……いいよ」

 自らを過大評価するわけではないが、影山君の隙のありすぎる作戦にはまってしまったのは自分でも悔しい。そんな恋愛初心者と付き合う私はこれから多くの苦労をするのだろう。それでも、影山君の隣の景色を見たいと思ってしまった。

「あざす」

 彼女相手に「あざす」はどうかと思う。そう言ってやりたいのはやまやまだが、今は始まったばかりの世界を楽しむことにした。影山君に一歩近づくと、自然と手が伸びてくる。