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「キスがしたい」
「はぁっ!?」

 順調と思われたデートの中、突如放たれた一言に私は顔を上げた。今は二人で夏祭りに来ている最中で、何なら浴衣まで着ている。夜店を一通り冷やかした後に人気のない神社に来た今、そういうことをするチャンスだと思ったのは牛島君も同じらしい。だが、何故欲求を言葉にしたのだろうか。

「俺のことを好いていない相手にするわけにはいかないだろう。どうなんだ」

 牛島君が求めているのは私が牛島君を好きかという答えであることはわかる。しかし私は大事な所でキスをしない牛島君に苛ついていたし、そんな牛島君に自分だけ素直に好きですと言う気にもなれなかった。

「そういうの……普通は考えないでブチュっとしちゃうもんなの! だから彼女いないんだよ!」

 もどかしい思いを我慢し、私は勢いに任せて言った。いくら付き合っていないとはいえ、普通何とも思っていない相手と二人で祭りに来たりしない。誘いを了承した時点で好きと言っているようなものだ。さらにシチュエーションも申し分ない。何も言わずに唇を重ねていれば自然と恋人になれたものを、牛島君はぶち壊しにしたのだ。いや、勿論私は牛島君の恋人になりたいと思っているが、今までのときめきに満ちた雰囲気は壊れてしまったのである。言い過ぎかとも思ったが、牛島君は何の影響も受けていないような顔でこちらを見る。

「それは俺が嫌いだということか?」
「逆!! 好きって言ってんの!!」

 もう私は雰囲気だとか、自分から告白する恥ずかしさだとかは捨ててしまった。変な所で鈍い男・牛島若利を相手にするには正直になるしかない。私が牛島君を好きかわからないと言ってキスをしなかったのだから、もうキスを躊躇う理由はないだろう。さあキスしろ。私は顔をやや牛島君の方に突き出して牛島君を待つ。しかし待てども牛島君の唇は訪れなかった。視線をずらすと、牛島君が何かを堪えるような顔で地面を見ている。地面には私の唇より価値のあるものがあるのだろうか。

「すまない、お前に好きだと言われたのが想像以上に嬉しくて……付き合おう。今回はこれだけでいいか?」

 総合して見れば、あの牛島若利と付き合えたことは私にとって大きな進歩なのかもしれない。普段ならば付き合うにも数ヶ月かかりそうだ。だが今日牛島君はキスをしたいと言い、すっかり私もその気なのである。

「焦らすな!」

 私は大声で叫び、牛島君の顔を掴んで暴力的に唇を押し付けた。