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 内部進学で高校が決まる私立生とは違い、公立中学の生徒は必死に受験勉強をしなくてはいけないものである。かく言う私もその一員で、勧められるがままに買った参考書を鞄に入れて持ち歩いていた。いくら勉強しろと言われても、目標が決まらなければやる気が出ない。具体的な将来像のない私は未だに志望校を決められずにいた。焦り始めてきた夏、受験など関係ない私立生は簡単に言ってのける。

「お前は白鳥沢に来い。俺にはお前が必要だからだ」

 そのあまりに堂々とした態度に辟易するのに一拍、恋文ともとれるような内容にため息をつくのに一拍間を置いた。相変わらず照れとは無関係な男だ。

「それ推薦の先生に言ってないよね」

 白鳥沢は部活動が強いことで有名である。中でも男子バレー部は全国常連の強豪だった。チームの主役は勿論若利である。若利が「こんなチームメイトがいい」と言うだけで多くの受験生の合否が決まってしまうのかもしれない。若利は冷静に「言っていない」と答えると、私の鞄を奪った。大量の参考書から解放され、一気に肩が軽くなる。私は頭の裏で腕を組むと空を見上げた。

「私がいなきゃ若利はバレーできないんだもんねえ」

 勿論技術的な意味ではない。私はバレーに携わったことはないし、ルールも知らない。だが若利は全国へ行くたび必ず私に「お前のおかげだ」と言うのだ。どういう理屈なのかはわからないが、私は素直に驕ることにした。多分若利は私のことを恋愛の意味で慕っていると言いたいのかもしれないが、それを私がわざわざ指摘してやる必要はない。

「バレーだけではない。お前がいないと生きていけない」
「情けないことを堂々と言うなぁ」

 いつまで若利は自信家のくせに恋愛には疎い男でいられるのだろうか。私はいつまで、若利の気持ちに知らないふりができるのだろうか。限られた時間だと思えば思うほど今この瞬間が切なくなって、私は目の前に伸びる影を見た。