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 本当にひょんなことから、私は牛島君の寮を訪れた。半ば無理やりデートに誘ったのは私だが、それは夏に浮かれてただ遊びに行く約束をしたかっただけなのだ。「どこへ行くんだ」と言う牛島君の前で咄嗟に出てきたのが夏祭りだった。幸い近い日に近所でのお祭りがあり、私達はそこへ行くことになったのだ。

「私浴衣着ていくね!」

 デートにかける想いは本気だと示すように意気込むと、牛島君は平然と返した。

「浴衣の着付けはできるのか?」

 途端に私は言葉に詰まる。浴衣の着付けなどできるはずもない。離れて暮らしている祖母ならできるかもしれないが、祭りの前に寄る時間はない。暗にデートを諦めろと言われているのだろうか。私が俯くと、牛島君がぽつりと言葉をこぼした。

「俺はできる」
「え!?」

 何故できるかや、牛島君に体を触られてしまうかもしれないという思いは置いておいて、私は素直に沸き立った。これは牛島君と二人っきりになれる、新たなチャンスなのではないか。

「祭りの前に俺の部屋へ来い」

 こうして私は牛島君の部屋に二人きりになる機会を得たのだった。


「お邪魔します……」

 部屋に着くなり牛島君は壁の方を向く。着替えろということなのだろう。私は用意したペチコートとキャミソールに着替えると、「いいよ」と声をかけた。

 牛島君の動きは機械的だった。露出の多い格好に少しは動揺してくれるのではないかと思ったが、私はまるでマネキンか何かと同じように扱われていることだろう。

 腰紐を回すために牛島君の手が背中に回る。牛島君が私に抱きつく体勢になり、ちょうど私のお腹に牛島君の顔が来た。余計に緊張してしまう気がしてわざと牛島君を見ないようにしながら、私は口を開く。

「牛島君、ドキドキする?」

 私は心臓が壊れるのではないかというほどドキドキしている。男子高校生なら誰だって、たとえどうとも思っていない相手でも浮つくものではないだろうか。牛島君は私の背中に腕を回したまま、キャミソールに皺を寄せながら喋った。

「していない」
「そっかぁ……」

 私が恋愛対象外なのか、牛島君が恋愛に興味がないのか、その両方か。めげるものの、私はすぐに気を取り直した。今日は折角のデートなのだ。せめて思い出に残るものにしたい。

 浴衣の着付けが終わると、牛島君は「できた」と言って体を離した。牛島君の部屋に全身鏡はなかったから確かめる方法はなかったが、きっと綺麗にしてくれたに違いない。私はお礼を言うと、牛島君の手を引いて牛島君の部屋を出た。寮生が私達を見て冷やかしたがそれすらも心地よかった。牛島君は何も言わず私に手を引かれていた。

 初めは牛島君がつまらないと感じているのかと不安になったが、牛島君は牛島君で楽しんでいたようだ。自分から焼きそばの屋台に行きたいと言い出した時には安心した。牛島君のカロリー摂取量を気にしつつ私達は屋台を回った。取っても持って帰らない金魚すくいをするのを牛島君は不思議そうにしていたが、私は袖をまくって気合を入れた。金魚すくいは祭りの代名詞だ。

 一回目と二回目は金魚に逃げられ、三回目のストロークにしてポイが破けた。成果ゼロで終わりだろうかと思った時、残っていた半分のポイで綺麗な紅白の金魚が獲れた。

「やった!」

 私は思わずお椀片手に牛島君を振り返る。牛島君は呆然とするような、何かを悟ったような表情をしていた。金魚に夢中になった今の私は余程汚い顔をしているのだろうか。「牛島君?」私が名前を呼ぶと、牛島君は私から目を逸らさないまま答えた。

「今、ドキドキした」

 私の中の時間が止まる。祭りの背景が次第に色褪せていく。

「女体を見ても、触れても興奮しないのに、お前の笑った顔を見ると胸が騒めく。これは何なんだ」

 すぐさま答えてやれば進展もできただろうに、私は牛島君の雰囲気に呑まれてぽかんと口を開けていた。言葉を失う私達の後ろで、金魚が跳ねる音がした。