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 夜空に大輪の花火が上がると、周囲の大人達が感嘆の声を上げる。私はその様子を、最も中心に近い場所で見ていた。

「花火、観たいやろ?」

 治がポスターを掲げてきたのは数日前のことだ。この区内では伝統的な花火大会があるらしい。てっきり花火会場の近くへの出店を手伝わされると思っていた私は、治が次に続けた内容に驚いた。

「今年は観覧席取ってあんねん」

 なんと、治は商売をする側ではなく客側だったのだ。治が商機を捨てて呑気に花火を観るとはどういうことだろうか。学生時代はそれなりに女の子と行ったりもしたのだろうが、年頃の男が商工会の老人に混ざって花火を鑑賞するとも思えない。

「何でや?」

 訝しむ私に、治は一つおにぎりを握ってみせた。

「花火大会に出資した方がええことあんねん。同伴者一人までオーケーやから、どや?」

 花火大会は治の商売計画の一部で、偶然今日おにぎり宮を訪れたから誘われただけだ。そうはわかっていても、異性との花火大会だと思うと舞い上がってしまう。沸き立つ心を抑えて私は了承した旨を告げた。待ち合わせ日時は後で送ると治は告げた。

 伝統的な花火大会の観覧席と言うから堅苦しいものを想像したが、現実は祖父や祖母に近い年齢の人が仲良く話しているだけである。治は新顔だからか一番端に配置され、私達は老人だらけのテントの中で一際浮いていた。その分花火に集中できるからよしとするべきなのだろうが、てっきりみんなで観るものと思っていた花火を治と二人きりで観ることになって私は緊張していた。先程から枝豆を食べるペースが速くなっている。変な過ちは犯したくないのでビールは一缶までだ。落ち着かない指先をポテトチップに伸ばそうとした時、大きな音を上げて花火が咲いた。思わず手を止めて空を見上げると、隣で治が語った。

「好きや」

 見ることができない。治も、盛り上がっている周囲も。私達の緊張が嘘のように老人達は声を上げ、花火はやがて煙に包まれていった。

「昔言うてたやろ? 花火大会で告白されたいって。大変やったんやで、スポンサーになるの」

 私は漸く治の顔を見て悪戯な表情を確認した。治が花火大会に出資したのは、おにぎり宮のためではなかったのだ。

「そんなん高校の頃の話やん。ていうか別に、観覧席やなくてもええし」

 もう少し可愛いことを言えばいいのに、私の口を突くのは屁理屈ばかりだ。だが治はそれすら見越したようにくつくつと笑った。

「それは俺のカッコつけや。大人には大人のやり方があんねん」

 また花火が上がって、私は空に視線を戻す。私達は大人になった。あの頃と全て同じようにとはいかないだろう。まだ子供のままでいる私を嘲笑うように、治は私を手籠めにする。私はあえなく白旗を振った。

「私も好き」

 言ってしまえば体の緊張が全て解けたように椅子にもたれかかる。アウトドア用の折りたたみ椅子は情けない音を立てて軋んだ。

「やっと言うたなぁ。ほんま頑固なんやから」

 治の手が私の手を掴む。そっと指を絡めると、あの頃と変わらない体温で握り返してくれた。