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「それでね、友達が田中君に抱き着いて本当に感動したんだ!」

 嬉々として語られる私の話を佐久早は「信じらんねぇ」と吐き捨てた。

「普通恋人でもねぇ奴に抱き着くか?」
「そこはほら、文化祭の勢いで」

 私が話題にしているのは先日の文化祭で誕生した一組のカップルの話だった。私の友達はクラスの一軍である田中君に恋をしていた。文化祭で告白すると決めていたものの、言葉が出なくなったのか雰囲気にあてられたのか、友達はまず田中君に抱き着いたのだ。本人に密着してからの「好き」という言葉はかなりの衝撃があった。田中君は冷静に友達の体を離した後、目を見て「付き合おう」と言った。高校生活でこれほど盛り上がった瞬間はなかっただろう。なおも不満そうな顔をする佐久早に私は言葉を重ねる。

「好きなら仕方ないの!」

 男子高校生らしからぬ佐久早には恋のときめきがわからないのだ。相手が田中君だからよかったものの、佐久早相手に抱き着いて告白をした日には大変なことになりそうだ。

「両想いじゃなかったら気持ち悪がられるだろ」
「ロマンがあるからいいんだよ」

 そう言う佐久早は慎重なタイプなのかと私がからかってやろうとした時、不意に佐久早が立ち止まった。つられて私も足を止めると、佐久早は私に近寄る。

「ちょっ……」

 急に私の背中に回った手に抵抗にならない声を上げると、上から屁理屈じみた言葉が降ってきた。

「好きなら仕方ないんだろ?」

 佐久早の言った言葉が、私が先程告げた言葉であると気付くのに数秒かかった。それが何を意味するかに気付くにはさらに数秒かかり、受け止めきれない自分を落ち着かせるため私は佐久早の体を離した。奇しくもそれは田中君と同じ行動で、佐久早は私を見下ろして満足そうに笑っていた。