▼ ▲ ▼

 飛雄は彼女の誕生日に忠実な彼氏だった。日付が変わる前に家を訪れ、数回のセックスをし、同じ布団で誕生日の朝を迎える。当日は二人共休日だったので至れり尽くせりだった。コーヒーと軽食を用意すると、飛雄が鞄を漁り包みを取り出す。中に入っていたのは人気のコスメ用品だった。「お誕生日おめでとうございます」の言葉まで貰ってしまい、言うことなしである。だが一つ言うとすれば、飛雄があまりにも冷静すぎることだろうか。飛雄の言葉には何の盛り上がりや緊張もなく、まるで挨拶のように誕生日を祝う。今だって、平気な顔をしてトーストを食べている。飛雄は私の誕生日がもう終わったとでも思っているのではなかろうか。満たされているはずなのに、飛雄を試すような心が顔を出す。

「飛雄なんかないの」

 飛雄は顔を上げると、不思議そうな顔をした。誕生日にすることと言えばプレゼントとセックスくらいしか思いつかないのだろう。

「しましたよね」

 飛雄が言っているのはセックスのことだとわかる。私も朝食を抜け出してしようと誘っているのではない。もっとこう、特別な雰囲気を出してほしいのだ。

「二十五歳の私は今だけなんだよ!?」

 私が前のめりになると、飛雄は首を傾げてみせる。

「あと一年ありますよね」
「まあそれはそうなんだけどさ……誕生日はこう、もっと特別っていうか……」

 私の不満に気付いているのかいないのか、飛雄はスープを飲む手を止めなかった。私の中の燻りなど飛雄はどうでもいいのかもしれない。誕生日の祝い方は家庭によりけりだ。私が諦めてトーストにかじりつこうとした時、飛雄が何でもないように言った。

「誕生日だって、何回も祝ってれば普通になりますよ」

 一つ言うならば、私達は付き合って半年も経っていないということだ。つまりこれが最初の私の誕生日になる。飛雄は年に一度の私の誕生日を、何も特別でなくなるくらい一緒に過ごしてくれようと言うのだろうか。

 私は一度トーストを離してからまた勢いのままにかじりついた。

「飛雄って結構思わせぶりなこと言うよね、見かけによらず」

 照れから嫌味っぽくなってしまったことは否めない。飛雄は顔を上げ私を覗き込んだ。

「思わせぶりっていうか、名前さんには慣れてほしくて。名前さん、変な所で踏ん切りが悪いっつーか俺がプロだからとか気にするから、いきなり結婚したいとか言っても頷いてくれないですよね」

 私は信じられない思いで飛雄を見返す。飛雄が何を言っているかは理解できる。だがそれが何を意味しようとしているのか、頭が全く考えようとしない。

「次の誕生日、名前さんにプロポーズします。それまでに準備しておいてください」

 呆然とする私の横で、テレビからは穏やかな声が流れていた。飛雄がいて、一緒に朝食を食べて、何も変わらない土曜の朝だ。あまりの変哲のなさに文句を言ったくらいだったのに、飛雄はとんでもない爆弾を落としていった。これから一年間、私にどう過ごせと言うのだろう。