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「ねえ、君! 俺のこと好きなの!?」

 そう詰め寄られた時、私は少なからず驚いた。私が体育館でバレー部を見学しているのは彼氏が在籍しているからであって、エースであるという木兎先輩を観るためではない。正直に彼氏の名を出そうとしたのだが、その本人から口の動きで制されてしまった。

「適当に合わせて」

 音にはならなかった言葉に、彼氏――京治の苦労を察する。京治は口を開けば木兎先輩の話をしていた。愚痴こそなかったものの、京治が木兎先輩に手を焼いているのは明らかだ。聞けば、木兎先輩は客席に女の子がいると調子がよくなるのだという。京治が合わせるように仕向けるのも、大会前だということを顧みた結果なのだろう。

「あ、はい。噂に聞いて」

 心配せずとも木兎先輩は学校の有名人である。私の言葉を聞くと、木兎先輩は両手を掲げてみせた。

「スッゲー! 有名人じゃん! ねえねえ、俺って格好いい?」

 目を輝かせる木兎先輩の前で私は言葉に詰まる。この場合、格好いいと言った方がいいことはわかっている。だが私は京治の彼女なのだ。京治の責めるような視線は、早く言えという意味だろうか。それとも自分を裏切るつもりかと言っているのだろうか。

「か、格好いいと、思います……」

 結局場の雰囲気に負けて言ってしまった。
「よかったですね、木兎さん」そう言う声が嫌味らしく聞こえるのは気のせいだろうか。そもそも私が木兎先輩を上げるのは京治が唆したからだと京治は理解しているはずだ。

「俺最強! なあ、明日も来いよ!」

 木兎先輩は有頂天の様子で私を誘った。私がもとよりそのつもりだと答えるより前に、京治が私を見て口を開く。

「大丈夫ですよ。彼女、いつも観に来ているみたいなので」

 京治のために観に来ていることを知っておいて何という白々しさだろうか。私は手を振る木兎先輩に応えながら顔を引き攣らせた。よりによって、京治がマネジメントしている木兎先輩に勘違いされるとはとんだ災難だ。また二人きりになった時の京治の様子を想像して、私は背筋を凍らせた。