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「うちの影山が本当にすみません!」
私は大会に出場していたとあるチームに深々と頭を下げた。続いて影山君も小さく頭を下げる。どこか見覚えのあるユニフォームを着た主将は、「別にいいですよ」と笑って許してくれた。
「本当にびっくりした」
試合後、影山君がいないことに真っ先に気付いたのは日向だった。探す旨を申し出るが、試合を終えたばかりの選手に広い会場を歩き回らせるわけにはいかない。私がその役目を引き受け、まずは関係者用のホールから探し始めたのだった。私の予想は的中し、影山君はトイレの帰りにロッカールームを間違えたらしかった。知らないチームの控室のドアを開けたまま固まっている影山君を見て、咄嗟に私が助けに入ったのだ。とにかく、何事もなくてよかった。隣の影山君を見ると、反省したかと思いきや純朴な顔を向けられた。
「俺って苗字さんのものなんですか」
「へ?」
突拍子もない質問に情けない声を出すと、影山君が「さっき言ってたこと」と続ける。数秒経って、私は先程他校の主将に告げた言葉であると思い至った。
「あれは同じ部活に所属してるって意味だよ」
そう告げると、影山君は興味が尽きたように前を向いてしまった。納得したならばいいが、それにしても聞き方というものがあるだろう。一瞬どきりとしてしまった。
「それじゃあ私は次の対戦相手のビデオ撮ってるから、みんなに合流しておいて」
「はい」
烏野の控室に歩き出す影山君は普段のクールな影山君だ。影山君の言葉で一瞬頭に過った恋愛の気配をかき消し、私は観客席でビデオをセットした。今日の反省会と明日の対策を練っている間、私は録画をすることになっているのだ。試合はストレートで決まり、試合時間も短く済んだ。ビデオを片付けて戻ろうとすると、突然知らない声が飛んでくる。
「君どこの学校? 今ヒマ?」
現れたのは、荒れていることで有名な学校のジャージを纏った生徒だった。誰でもいいのだろうが、するならナンパされ慣れている人にやってほしい。私が「あの」や「えっと」ばかり並べていると、彼らの後ろから大きな影が歩み寄った。
「俺の苗字さんに何か用ですか」
影山君だ。その視線は、対戦相手を前にしたかのように鋭い。影山君を見ると彼らは舌打ちをしてどこかへ消えた。その背中が見えなくなってから、私は脱力して椅子にもたれかかった。
「大丈夫ですか」
「大丈夫……大丈夫だけどさぁ!」
言葉にならない感情をぶつけるように影山君を見上げる。影山君は何とも思ってないだろうが、今のは結構勘違いされる言葉だ。
「ここで言ったら付き合ってると思われるじゃん!」
勤勉な影山君は習った言葉を使ってみようとしたのだろう。だが今は場が悪かった。ナンパされている時「俺の」と言ったら、それはもう彼氏だと言っているようなものだ。
「いいじゃないですか、勘違いさせておけば」
影山君が冷静に言うものだから、影山君も恋愛的な意味になることを想定していたのだと驚いた。影山君は色恋に疎いイメージがあったのだ。
「苗字さんは俺のものなんでしょう?」
こちらを見据える瞳に先輩として何を言うべきか迷ったが、結局は恥じらいや面倒臭さに負けてしまうのだった。
「そうです……」
多分、菅原あたりが「うちの」の正しい使い方を教えてくれるだろう。そう信じて私は後輩の教育を放棄した。
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