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高校の後輩がプロになった。その事実は知っていたものの、実際に試合を観戦するのは初めてだった。彼、宮侑についてはよく知っているつもりであるが、改めて検索エンジンに侑のフルネームを打ち込む。検索ボタンを押すと、とてもプロになって数年とは思えないほどの情報が湧き出てきた。まずチームの公式ページ、Vリーグの紹介ページ、それからインターネット百科事典まで。侑の所属チーム名はブラックジャッカルというらしく、その名を見た途端に高校時代の同期が侑の所属先としてそこを挙げていたことを思い出した。あのルックスや性格も相まって――と言えるほど高校二年間で見た侑はいい性格をしているとは思えなかったが、少なくとも目立つタイプの人間ではある――侑はチームの中でも人気メンバーのようだ。スターティングメンバーに起用されることも多いらしく、実力でも人気でも上位にいることを侑は得意げに思っていることだろう。「女人気があろうが実力で試合出れな意味ないねん」そう言っている侑の顔が想像できる。公式プロフィールには身長や趣味、好きな食べ物などが簡単に載っていた。見た限りでは高校時代とあまり変わりないようだ。

公式ページを後にし、次はインターネット百科事典のページを開いてみる。するとそこには侑の今までの言動やファンの間での愛称など、侑に関するプライベートな情報がこれでもかと並べられていた。著名人はここまでされなければいけないのかと同情しつつも、その内容に思わず笑みを零してしまう。このページを作った人も、よくも第三者視点を貫き通しながら面白おかしく書けるものだ。酒が入っていたせいか、気付けばネットサーフィンが止まらなくなっていた。流石にバレー選手専用のアンチスレなどは見ないが、その他のページは公式非公式に関わらずクリックしてしまう。ある時はスポーツニュースのネット記事、ある時はバレーマニアらしい一般人のブログに登場する侑はどれも高校の頃の特徴を残していて、見ていて微笑ましくなった。

ほろ酔い気分で次のサイトをクリックすると、突如名前入力を求められる。アンケートの類のサイトなのだろうかと思いつつ、私は「苗字名前」と入力した。それ以外に何か個人情報を入力する欄はなく、詐欺サイトというにはサイトの作りがシンプルすぎる気がする。現に今私が見ているページには番号の振られたリンクが並べられているのみだ。試しに「1」をクリックすると、シンプルな文章画面に切り替わった。

「苗字さん! 来てくれたんですね!」

気付けば私の名前が鍵カッコの中で呼ばれており、まるでバレー観戦に来ているかのように思わせる文が綴られている。その後にも会話文のようなものが続いたが、私の名前が出てきたのは先程の文と次の文だけだった。

「苗字さん、この後食事でもどうですか」

これは一体何が起こっているのだろう。私は思わずブラウザバックしてトップページを見た。先程読み飛ばしていた注意書きのようなものには「夢小説・同人に理解のない方の閲覧はご遠慮ください」と書いてある。夢小説も同人も全く聞いたことのない言葉なのだが、私の名前が出てきている以上他人事として放置できない。私はもう一度ページをスクロールすると、「2」のリンクをクリックした。

「けど、ほんま嬉しいですわ。こうして苗字さんとまた会えて……」

先程から薄々勘付いていたことだが、私の名前を呼んでいる人物は侑らしい。侑に敬語を使われる関係性からだろうか、私は侑と会話している女言葉を使う鍵カッコの持ち主に酷く共感していた。時折少女漫画らしいあからさまな反応をするものだからそんなことありえないと突っ込んでしまうが、こうしているとまるで私が侑と会話しているみたいだ。文章にのめり込んでいるのを感じながら、私は次のページへのリンクを押した。

「はぁっ!?」

そこで思わず声を出してしまった。先程までレストランにいたはずの侑が、連れの女と共に自宅にいるのである。たった一ページの間に何があったというのだろう。だが正直侑ならやりかねない。胸の鼓動が高鳴るのを感じつつ、これは私ではないと言い聞かせてページをスクロールした。

「苗字さんは不慣れやろから、俺がちゃんと気持ちよくさせたる」

そう言って侑が取り出したのは避妊具だと、文字で明記されている。私は急いで次のページへのリンクを押した。実際の後輩の生々しい話など見たくない。ましてや相手が私を連想させる文章なら尚更だ。ならば何故私は、必死で次のページを漁っているのだろう。

幸いにか事の様子が詳細に描かれることはなく、気付いたら侑とその連れはベッドに並んで付き合う約束をしていた。半ば安心しながら私は素直に二人の成就を祝う。突然私の名前が出てきて肝が冷えるというのに、この妙な満足感はなんだろう。その文章は二人が付き合ったところで終わっており、それ以上は読めなかった。私はブラウザを閉じ、スマートフォンのデジタル時計を見る。

「もう朝やん……」

そこまで熱中して読んでいたというのだろうか。恥ずかしい気持ちになりながらも、私はもう今日に迫ったバレー観戦のために睡眠を取った。


その夕方、私は寝不足のままスタジアムへ行った。昨日侑の恋愛事情を覗くような文章を読んでしまったばかりに侑を見ると何故かこちらが恥ずかしくなってしまったが、試合が始まればすぐに慣れた。相変わらず侑は丁寧で、ダイナミックなプレイをする。かつての先輩として嬉しい限りだ。私が昨日読んだ文章のことも忘れ席を立とうとした時、観客席の近くに来ていた侑がこちらを見た。

「苗字さん! 来てくれたんですね!」

途端に私の背筋が凍る。デジャヴだろうか。いや、これは記憶錯誤などではない。あの文章は、昨日から変わらずとあるサイトにあるのだ。固まる私をよそに、鞄の中のスマートフォンが鳴った。差し出し人は侑で、その中身を見た瞬間に私は倒れ込みたくなる。

「苗字さん、この後食事でもどうですか」

それは私が昨日とあるサイトで見たものと一語一句変わらない、食事のお誘いだったのだ。


指定されたのは会場付近のやや高級なレストランだった。いつもコンビニで買い食いばかりしていた侑がグレードの高い場所へ来ることに驚きつつも、有名人になるとはそういうことなのだろうと納得する。私が内心一秒も落ち着かずに席に着いていると、侑は遅れてやってきた。

「すんません、待たせてしもうて」
「いや、ええよ……」

あの頃とは違う、大人の侑に緊張する。さらには今の私の心情があのサイトに細かに描写されていたことに恐怖心を覚える。

「苗字さん、どうかしました?」
「ううん、何でも」

こうして侑に話しかけられて顔が赤くなることだって、昨日は少女漫画ではあるまいしと内心馬鹿にしていたはずなのに。今、私の顔は熱を持って紅潮していることだろう。自分の顔を隠すようにメニューを広げた私に、侑は表情を見せないまま言う。

「けど、ほんま嬉しいですわ。こうして苗字さんとまた会えて……」
「やっぱあれは予知か何かだったんか……?」
「へ? 苗字さん何か言いました?」
「ううん、こっちの話」

状況だけではない、台詞まで全て同じなのだ。やはりあのサイトはファンサイトを装った占いや未来予知だったのだろうか。もしそうだとしたら、私はこの後侑の家に行くことになる。そこで――私は考えただけで頭がどうにかなりそうになった。侑とセックスをして、付き合うのだ。プロアスリートとなった侑と、私が? 疑問は消えないが、あのサイトと現実がマッチしているということは今までの状況が証明している。ついでに言えば、「慣れてないだろうから」という所まで同じだ。私は味も感じないまま食事をし、店を出、気付けば侑の自宅に向かっていた。

侑が音を立てて鍵をかけたところで我に返る。私は何をやっているのだろう。気持ちよく酒に酔っていたはずが、本当にあのサイトの通りになってしまった。玄関で棒立ちする私を置いて、侑は「よいしょ」と鞄を下ろしている。この後、服を脱いだ侑と、私はベッドに入るのだろうか。

「苗字さん、適当に寛いでていいですよ」
「この後不慣れな私を念入りに慣らしてからセックスするんか?」

思わず声に出してしまった。侑はといえば、私以上に驚いていた。やはりあのサイトの通りにする気はなかったのかもしれない。しかしここまで合っている以上あのサイトが何も関係ないとは思えない。

「苗字さん、何言っとるんですか」
「本当やもん。昨日サイトで見たねん、私」

ブックマークに入れていたサイトを開き、私は自分の名前を入力する。スマートフォンを侑に渡すと、侑は「あー」と言って苦い表情で画面を見ていたが、適当にスクロールして私に返した。

「これは夢小説です。ファンの女の子が勝手に書いとるやつ。ファンフィクションいうやつです」
「なんやそれ」
「だから例えば俺のファンの女の子が俺といろんな事する場面を書くっていうか……調べてください!」

何故そんなに切羽詰まった表情をするのか分からないが、私はとりあえず言われるままに夢小説で検索してみた。辞典サイトとサブカルサイトを巡り、私は夢小説がどんなものか生まれて初めて理解した、と思う。

「なんだ、じゃあ現実の私と侑には全く関係ないんやな」

私がスマートフォンをしまいながら言うと、侑が口を尖らせながら「全く関係ないことも……ないですけど……」と言っていた。侑が先程から様子がおかしいのは、勝手に自分を使った小説を見せられた羞恥のようなものだろうか。

「変な妄想に付き合わせてすまんな、この後セックスするなんてありえへんもんな」
「何でそんなこと言うんですか!」
「肯定せんのかい」

侑は一体何にそんなに必死になっているというのだろう。ここまであのサイトの通りになってしまったのは全くの偶然だったし、私達がセックスをする未来などない。じゃあ何故夢小説と同じような展開を私達がなぞっているのかと聞かれたら答えられないのだけど、今の私の少しの落胆はあのサイトが占いや予知というスピリチュアルなものではないと分かったからなのだろう。私が帰ろうとした時、突然侑が私の目の前で叫んだ。

「現実の俺を見てください!」

侑はこんなに必死に、一方的に異性に語りかける人物だっただろうか。私の知っている侑はいつも余裕綽綽で、女を上手く扱っている侑だ。それこそ昨日読んだ夢小説のように。では、今目の前にいる侑と紡ぐ未来はどうなのだろう。もしかしたら今の侑は、夢小説の侑とは違って格好つかないままに私を口説くのかもしれない。これで口説かれもしなかったら笑ってしまうのだけれど、それも私の未来だ。現実の未来がどうなるかは、現実の侑に任せることにする。

「で、次の展開はどうしてくれるん?」

私が尋ねると、侑がこちらに腕を伸ばした。