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「好きです。気持ちを伝えたかっただけなので、このまま振ってください」

 影山君と相対する最後の瞬間ですら私は顔を上げることができなかった。二年間同じクラスにいた地味な女、私はそう思われていることだろう。だが最後にその印象を払拭したくて、私は影山君を呼び出した。影山君は驚いた様子を見せなかったので、きっと不器用な言葉で私を退けるのだろうと思っていた。

「何でですか?」

 意図を掴めずに顔を上げると、「振ってほしいって」と続ける。恋愛に疎そうな影山君でも一応常識はインプットされているのだと、場に似合わず微笑ましい気持ちになった。

「影山君は来年から東京でしょ? 東京でプロになって遠くに行っちゃう影山君のことを諦めたいから、一思いに振ってほしい」

 ここまで言えば影山君でも納得できるだろう。自分で説明するという行為が既に私の傷口を抉っているのだ。話を続けられたら望みを抱いてしまう。私の中の可能性全て、影山君の手で潰してほしい。

 ところが影山君は追及をやめなかった。

「それで何で諦めるんですか? 苗字さんは俺のことが好きなんですよね。なら遠距離でも踏ん張るくらいの努力すればいいんじゃないですか?」
「私にそんな度胸ないし……」

 言っていて悲しくなる。影山君と私の差を知らしめられた気分だ。恋愛ひとつとっても私達はこれだけ考え方が違う。だからこそ影山君は、プロまで上りつめた。

「俺への想いはその程度なんですか」

 不満そうにする影山君は駄々をこねる子供のようで、先程成功学を語ったのと同じ人物だとは到底思えなかった。先程の考えが影山君の論理なら、今の影山君が言っているのは影山君の感情なのだろう。影山君が私を責めることはあれど、私の想いの儚さを責めるとは思いもよらなかった。

「私が諦めなかったら、影山君私と付き合うことになっちゃうけどいいの?」

 影山君のストイックさは二年間見てきた私が知っている。東京と宮城で離れていようとアプローチを続けるなら、最終的に付き合うところまで持って行くだろう。影山君メソッドを私に教えれば教えるほど、影山君は追い詰められているのだ。冗談めかした私に対して、影山君は真剣な表情をした。

「俺は、努力は常に報われるべきだと思ってます」

 その一言に、私は影山君と同じクラスになったばかりの時のある会話を思い出した。試験の結果待ちをしている時、影山君は緊張する私に言ったのだ。

「あなたは大丈夫なんじゃないですか。いつも頑張ってるし」

 影山君は前のテストで赤点を取っていたから、それは自分とは違うという意味だと当時思っていた。だが問題はそこではないのだ。影山君は、前から私のことを見てくれていた。もしかしたら私が影山君を好きなことにさえも気付いていたかもしれないのだ。その上で努力は報われるべきだと言うのなら、影山君が答えを出したのに等しいのではないか。

「好きの部分だけ聞いたことにします」

 大きな背中が翻って、次第に遠ざかっていく。影山君が東京に行ってしまうまであと二か月。その間に、私は影山君のようになれるだろうか。