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「あの、宮選手ですか? それとそちらの方は……」

 遂にこの日が来てしまったと思った。私達は普段、人目を避け夜に会うようにしているが、この日ばかりは侑の都合で昼間に約束したのだ。私達は手を繋いでおり、言い訳はできなかった。侑が何か言うより先に、私は侑から手を離して顔の前に掲げてみせる。

「私はセフレなんで安心してください」

 わざとらしい笑い声を出すと、女性も安堵したように笑った。彼女は侑のファンだったようで、サインを貰うと満足したように帰った。

 その背中が見えなくなった頃、今まで影を薄くしていた侑が不満げな声を出す。

「何でセフレって言うねん」

 その顔は怒っているとも拗ねているともとれる表情だ。面倒くさいことになったと思いながら私は言い訳を並べた。

「セフレだからやろ。何も言わへんかったら変な噂流れてまうかもしれんし」

 私達は紛うことなきセックスフレンドだ。決して純粋なお付き合いなどしていない。侑のイメージを考えたら、彼女であると名乗るよりセックスフレンドだと言った方が波風を立てないだろう。現に、ファンの女性は気を悪くすることなく帰っていった。何も言わなければ勝手に彼女だと推測されて侑が困るだけだ。私は侑を助けたも同然なのだ。

「普通彼女やって言いたがるとこやろ!」

 だが侑の関心は自分のイメージダウンより私の態度にあるらしかった。侑を本気で追おうとせず、セックスフレンドだと割り切っている様子が気に入らないのだろう。

「は? 私侑の彼女は無理やわ。セックスだけでええ」

 正直に言うと、侑は街中だというのに大きな声で私に迫った。

「何やと!? お前俺と付き合ってみ! 俺の誠実さに腰抜かすからな」
「誰が誠実やねん! ていうか付き合う流れになっとんのやめてくれん!?」

 話が段々お付き合いの方向に流れている。私が欲しいのはロマンスではなく侑の下半身だ。私は侑の性格を少しも気に入っていない。ところが私と合わない性格の侑は、私が一番欲しくない答えを言った。

「いや、俺はお前と結婚を前提に付き合う」
「ファンと会ったばっかでイメージ裏切ること言うな!」

 突っ込みたいことは山ほどあるが、侑が結婚を前提にお付き合いをする性格だろうか? 私は侑の相手をすることにも疲弊して頭を押さえた。少し時間が経てば侑も熱が冷めるだろう。それまで面倒だが侑に付き合うしかない。ホテルではなく水族館にでも誘われたら、私は一体どうすればいいのだろうか。