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「あの、牛島選手ですか?」

 その言葉が聞こえた時、私達の間に築かれていた柔らかな雰囲気は壊された気がした。付き合ってもいないくせに、私は牛島君と外を歩くことをデートだと認識していたのだと悟った。声をかけた女の人は、興味深そうに私を見ている。

「握手していただけないでしょうか。それと、そこの女の人は……」

 私の胸に痛みが走る。私と一緒にいるせいで、牛島君に熱愛疑惑が入るかもしれないのだ。ただの知り合いですと事実を言ってほしいという心と、それに反抗する心がせめぎ合った。

「友人だ。だが彼女のことは秘密にしてくれないか」

 牛島君は至って冷静だった。友人だと答えるのは至極真っ当だろう。私達はホテルから出てきたところを見つかったわけではない。牛島君の性格も相まって、その言葉には説得力があるだろう。波風を立てず、また私のプライバシーにも配慮してくれている。女の人は納得した様子で去って行った。

「ごめんね、私のために」

 彼女が見えなくなった頃、私は牛島君に話しかけた。今日のことを秘密にするよう言ったのは私のためだろう。今の時代SNSで拡散されるかもわからない。お礼を言うと、牛島君は毅然とした態度で前を見据えた。

「いや、俺のためだ」

 週刊誌のお世話になりたくないという意味だろうか。私が牛島君を見上げていると、牛島君は平然と告げた。

「お前との進展を逐一パパラッチされたらたまらないからな」

 私は顔を隠すように俯いた。今日がデートのようだと思っていたのは私だけではなかったのだ。牛島君は私とこれからも出かけるつもりで、その内容が週刊誌に掲載されるに相応しい男女のものだと思っている。思わぬきっかけから牛島君の気持ちを知れて、嬉しさと恥ずかしさで私は唇を噛んだ。