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「浮気失敗した」

 侑はデスクでノートパソコンを弄る私の隣にちょこんと座った。悪戯を叱られた子供のような表情は、普段の勝気な侑に似つかわしくない。侑をそうさせているのは、今の私達が喧嘩中の恋人で今日会うのは一ヶ月ぶりだということかもしれなかった。何も返さない私に構わず、侑は話し続ける。

「まず他の女がブスやんか。でも考えてみたらお前も思ったほど可愛くなくて何で俺こない貧相な女に執着してるんやと思ったら俺はお前が好きな気がした」

 要するに、私達は喧嘩をしてお互いを好く気持ちを見失っていたのだ。引く手数多の侑は当然のように他の女の元へ行ったが、心から楽しむことはできなかった。変にけじめのある侑のことだから、遊んだとしても本番行為までは及んでいないのだろう。私が可愛くないことで私を好きな気持ちに気付いたと言われても、全く口説かれている気がしない。

「それでヨリ戻せ言うんか」
「ちゃうわ! まだ付き合っとるわ!」

 私の一言に侑は過剰に反応した。自然消滅していてもおかしくないと思っていたから、軟派な侑が付き合いにこだわっているのは侑の言った通り私に執着している証拠かもしれなかった。侑が求めていることはおおよそ予測がつくけれど、今の私は優しく応じてあげる余裕がない。

「じゃあ何なんや? 結婚してくださいとでも言うつもりちゃうやろな」

 意地を張ると、侑は暫く縮こまった後窺うように私を見上げた。

「他の男んとこ行かんといて」

 部屋に響いていたキーボードのタイプ音が止まる。視線は相変わらずパソコンの画面に向いているというのに、内容がまるで入ってこない。

「ほんまお前ごときが捕まえられるレベルの男ちゃうからな。死ぬまで大事にせえよ」

 少し素直になったかと思えば、二言目にはまた奢った言葉だ。侑は余程私に手放されたくないらしい。先程のように率直に頼めばいいものを、自分の価値を上げる方向で攻めるようだ。侑は自信過剰で他人を簡単に見下す人間だとわかっている。そんな侑を好きになって告白したのは、私ではなかったか。

「侑に構ったるよ」

 私は初めてパソコンから目を逸らして侑を見た。侑は子供のように瞳を輝かせた後、正気に戻ったように責める顔に戻った。

「構えとは言うてへんやん! さっさと機嫌直せ言うとるんや!」
「それが人にものを頼む態度か」

 言いながら、私はパソコンを閉じる。自分の方が上だと信じてやまないこの男を、今日はたっぷり甘やかしてやることにしよう。