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「酔っちゃいました」

 私の隣で語りかける人物に、私は苦笑を漏らした。

「ええ……お酒飲んでないよね?」

 今日は飲み会だが、体が資本であるアスリートは日によって飲まないことがある。影山君も今日はその日のようで、ソフトドリンクを飲みながらつまみを食べていた。真っ先に私の隣へ来た時点でおかしいとは思っていたが、まさか煌々と輝く瞳で酔っ払ったと申告されるとは思わなかった。

「雰囲気酔いです。気持ち悪いので膝枕してもらってもいいですか?」

 至って普段通りの顔色と流暢な言葉でよくも頼み込めるものだと思う。影山君が何故膝枕を頼むかはわかっている。影山君は私が好きなのだ。そして飲み会にいるメンバーは殆どその事実を知っている。直向きに好いてくれたこともあり、少しくらいいいではないかと私の善意が首をもたげる。

「どうぞ」

 膝の上を叩くと、影山君は体を横たえた。「失礼します」その言葉と共に、膝に影山君の重みが載る。既に終わりに近い飲み会で、私達はすっかり場に馴染んでいた。誰も言及しないのがその証拠だった。

「影山君は酔ってる時にすることが地味だね」

 ふと、思っていたことが口から漏れる。どうせ酔ったふりをするなら、持ち帰るくらいするのが普通ではないだろうか。強請るのが膝枕とは、影山君も可愛い所があるものだ。影山君は目を開けて「だって」と反論した。

「大事なことは勢い任せでやりたくないので」

 何とも影山君らしい真面目な答えである。

「てっきり持ち帰られるのかと思った」

 私が笑いながら言うと、影山君は真剣な調子で私を見上げた。

「そんなことはしません。苗字さんも嫌でしょう」

 影山君と目が合う。視線を逸らせないまま、私は口を噤む。影山君に言われて私は影山君に持ち帰られてもいいと思っていることに気付いた。それは私を好いてくれる影山君に対する同情なのか影山君をいいと思っているからなのかわからないけど、多分後者だ。黙りこくる私を見て、影山君は目を丸くした後に強かな動きで私の膝から体を起こした。

「すみません、酔いが覚めました。苗字さんを持ち帰ります」

 言いたいことは色々ある。本人に持ち帰ると宣言するのはどうなのかとか、先程と言っていることが違うのではないかということだ。後者については酔わせて雰囲気で持ち帰るのを是としていなかったが、私が明確に嫌がっていない様子を見て合意だと判断したのだろう。影山君くらい潔くなれたら私も楽だろうに、影山君の几帳面さに私は甘えている。

「立てますか」

 好きの一言も言っていないのに、手を掴むだけで気持ちを示せるなど随分安いものだ。